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時間的・空間的である処の事実(実在)に於ける事件に就いて、個別なるものを求めるならば、それは反覆しないもの、一回限りのもの、である他はない。一回的なものに就いて自然科学的法則が成り立つことは出来ない。普遍的事件の類例としての資格を有つ限りに於ては一回的なる事件も皆自然法則に従うのではあるが、この一回的の事件が、一回的事件としての資格を有つ限りに於ては、それはもはや自然法則に従っているのではない。カエサルを刺すものは自然法則的に誰でなければならないか。個別化とは、関連ある諸事物の独立化・無関係化ではなくして、却って個別化されたる諸事物間の或る特殊の一定の関係を見出すことこそ其の目的でなければならないのであるから、この個別化に基く歴史は、一回的なるものの単なる羅列であってはならない筈である。歴史には個別的因果関係が一貫している。併しそうすると、自然法則と個別的因果との関係はどうあるか。併し個別的因果とは何か。

「四本十銭とかく」

「君は似てるね。」

という言葉の終らぬ内に、例の「痰壺の掃除」乃至「祭りの太鼓打ち」がはじまり、下手すると半殺しの目に会わされるだろうということと、全く同じことを意味するのである。二タス二ガ四ニ相等シイのと同じように「隊長ハ鶏ノスキ焼キガ食ベタイ」「二人ハ鶏ノ徴発ニ赴カネバナラヌ」「徴発出来ナケレバ半殺シニナル」という三つの意味は相等しいのである。

二十二日メキシコアリゾナ

「俺が野島だ。」

(但しこの場合の内容は直ちに対象を意味するのではない。何となれば、もし内容が直ちに対象と一つであるならば、それは自然と精神とに分類されなければならなかった筈であって――前を見よ――、自然と文化とではなかった筈であるから。それではこの内容は何を意味するか、後に之を理解する機会があるであろう。)

**Rosminiはそう考えている。

処が、方法(手続き)の綿密さの概念は、単に誘導性の綿密さばかりを云い表わすとは限らない、ということを注意しなければならない。その意味はこうである。学問の手続きが充分に綿密であるためには、その学問を理論する個人が単独に道づけた理論――それは無論事物それ自身に即した理論であるべきではあるが――だけでは、まだ往々にして不充分でありはしないかを人々は恐れるであろう。彼は何物かを見逃し又は気付かぬ誤りを犯しはせぬかを人々は疑うに違いない。茲に人々は文献を要求する。学問の手続きは文献の跋渉を怠ることを許さない。処で文献を無視することが異議と曖昧との可能性を暗示すると想像される限り、なる程文献の有る無しは誘導性の有無を決定すると考えられる、が併し文献のより本来の性質は、如何にして或る学問を伝承するかという伝承性の問題に係わっているのでなければならないであろう。そうすれば文献は、従って文献を計上して初めて許される綿密さは、もはや誘導性と本来の関係があるのではないということが判る。であるから方法(手続き)の綿密さは必ずしも誘導性のそれではない。――この綿密さは伝承性のそれでもなければならないのである。事実、学問の方法(手続き)は文献の跋渉にあると考えられ得るが、その文献はもはや学問の誘導性――それから吾々は手続き(方法)の概念を導いた――の保証を本来の性質とするのではない。そうではなくして正に学問の伝承性を保証することをその使命とするものである。文献は先駆者が残した成果を他にして何ものでもない。そして一旦この成果という概念に到着するならば、人々がやがて直ぐさま体系概念へ運ばれねばならないことは最も自然であった――前を見よ。吾々はであるから次のことを明らかにすることが出来た。始め体系(成果)と単に対立していた方法(手続き)の概念は、今や――文献概念が之を媒介することによって――この体系(成果)の概念との交通路を見出した、ということ。方法(手続き)はもはや理論の単なる誘導性のみを意味することは出来ない、それは之を離れて体系(成果)に向うvirtualvelocityを有つ処の何物かを意味しなければならないことが明らかとなった。そしてこのことは決して偶然ではなかったであろう、何となれば元来方法概念も体系概念も、同じ教導性概念の二つの規定――誘導性と伝承性と――から導かれたのであったから。

「でも、窓からでないと……。プラットホームで五時間も立ち往生してましたわ。おかげで……」

と、思わず白崎は言った。

ロケをする場所も同じ。ストーリーも同じ。ただ、新しいセックス描写だけを考えればいい。オレはそのくだらない仕事が好きだった。ギャラも悪くなかったし、女と遊ぶことも出来た。正直に言うと、オレはビデオに出た全部の女と寝た。全部が好みの女ではなかったが、一応すべての女に声をかけた。断られたことはなかった。アダルトにでる女の子は明るい。何の屈託もない。オレは初めこの仕事を与えてくれた神様に感謝した。でも半年もしないうちにオレは恐くなったのだ。女の子たちは絶対に屈伏しない。仕事でも嫌なことはしない。演出家は大きな声を張り上げて、変態行為を望む。もともと変態の好きな子は笑いながらやる。やらない子は演出家を哀れむような目で見て、絶対にやらない。いくら口説いても一緒だ。そんな女の子たちを毎日見ているとオレの脳みそは爆発寸前になった。

冬菜ええと……あのレコードはと……。

「いゝえ。日本人です。L-InstitutPasteurで為事をしている学生ですが、先生の所へ呼ばれたといふことを花子に聞いて、望んで通訳をしに来たのです。」
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