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リッケルトの科学論が夫々の科学的世界の現実的内容にまで食い込むことが出来ず、従ってそれだけ現実的・実践的・実際的でないということ、之を吾々は見たし、又之を人々はよく説くであろう。それが科学論にとって、結局は一つの致命的な欠陥となることを否定出来ないであろう。併しこの欠陥は、他の点に於て、非常に尤もな理由を有っている。今この理由を理解するのでなければ、リッケルトの科学論を根本的な動機から把握したことにはならないであろう。リッケルトの科学論の動機の一つ――それは今まで学問の分類それに従って又方法論の動機となって現われた――は、根本に於て、学問性の特色を明らかにするという動機によって動機されていることが見出されるであろう。何となれば事実彼は、単に学問の分類を――他の多くの人々が百科辞典的興味からしたように――学問の分類として企てたのでもなく、又単に方法論を各個科学夫々の方法の理論として試みたのでもなくして、全く、自然科学に於ける学問性が歴史学に於ける学問性をまでも圧倒しようとした諸科学の一時的歴史状態に基いて、特に自然科学的学問性――それを彼は一般化的概念構成に求めた――から、歴史学的学問性――価値関係づけ――を防護しようとする関心から出発したのであったからである。それ故にこそ、彼の科学論は学問分類一般ではなく、特に自然科学と歴史科学との限界を与えるべき「区別の徴表」の発見をその課題としたのであったし、又この二つの科学に就いても夫々の方法の現実的内容にまで立ち入って規定することを当面の課題とはしなかったのであった。自然科学と歴史科学との限界、而も夫々のもつ学問性の区別、之を見出すことがリッケルトの科学論の根本的な動機をなす。

「いゝえ。日本人です。L-InstitutPasteurで為事をしている学生ですが、先生の所へ呼ばれたといふことを花子に聞いて、望んで通訳をしに来たのです。」

上の下らぬ大額をおろす。買い手が見つけられるから。

「いやア。お礼いわれるほどの……。第一、僕が京都駅でうっかりしてたのが悪かったのですよ。しかし、もし僕にお礼して下さるのなら、これからあなたの音楽会の切符を送って下さいませんか。僕はそそっかしいので、あなたの音楽会の広告が出ていても、うっかり見逃しそうですから……」

去年の冬であつた。私は非常に憂鬱であつた。身も世もなく憂鬱であつた。真夜中に至るに伴れて私のそれは私の魂をも奪つた。私は、何うする事も出来なくなつて、床の間に人型を作つて飾つてある鎧を身につけ、面当を被り、冑も執つて、真夜中の床の間に幾時間も凝つと模型になつていることがあつた。そして吾身の、此世に在ることを、せめても忘れたかつた。――

早見わたしはそんな人情論をしているんぢやない。ただ、それは医者の資格においてするべきことかどうか、といふ疑問をもつているだけです。言はば、対人的な、特別な技術を必要とする役目なんだから、責任はもてないといふだけです。しかし、わたしにやれとおつしやればやりますがね。

*Physica-184a16参照。

「あら、誰に。」と女は言った。

*Heidegger-SeinundZeit-S.7参照。

大里それやまあ、儀礼といへば儀礼さ。なんの役にも立ちやしないんだから……。その場にい合せて、いつたい、誰のために、何ができるね?

僕は今、この征服の事実について、詳細を語る暇はない。けれども以上に述べた事実は、いやしくも正直なる社会学者たらんものの、恐らくは何人も非認することのできない事実である。

総論と特論とを一貫する叙述の方法は、方法概念の分析、によって得られる処の、方法概念の運動、の内に存在する。事物をその概念の運動に於て理解することは、事物を根柢に於て把握するに必要な道であるであろう。一般に、概念の分析とか概念の運動とかいう言葉が何を意味するかを、読者は実地に就いておのずから明らかにされるならば幸いである。

案良夫之詩、夫子既取入大雅矣、此篇斷無不見之理、且其忠告憂勤、々乎成康周召之遺、與無逸君相表裏、視蔡仲之命文侯之命、不可同年而語、不此之取而取彼何哉、即秦誓亦一時悔之敗、而三次報復、濟河焚舟、顯存王覇之分、且時代亦遠在西周之後、何爲殿彼不殿此耶、此皆不可解者、姑附諸穆王之後、以雪僞古文之憾(書古微十二)

煙摂取物……食べもの……。
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