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「白崎はん、あんた蓄音機を撲るんやったら、俺も撲る!さア、行きまひょ。撲りに」
額
学問の――思考のではない――形式を取り扱う学問は形式論理学でもなく又応用論理学でもない。それであるのになお一つの論理学と考えられる理由があるであろう。その理由はこうである。カントの根本思想を借りるならば(この思想が何故今の場合必然性を有つかは後を見よ)、吾々の精神内容は形式と内容との結合として説明される。そして形式は内容の不可欠の条件、その意味に於て論理的予想と考えられる。そうすればこの形式は凡てこの意味に於て論理的でなければならない。そうすれば又学問の形式も論理的でなければならない。そうすれば最後に、この形式を取り扱う学問は今の意味に於て論理学の名に価するわけである。故にもし学問の形式という概念を取り出すならば、それの省察は又一つの――但し形式論理学でも応用論理学でもない処の――論理学であることとなる。思考の論理学――その系列にぞくするものが形式乃至応用論理学であった――に対立する論理学は一般に、客観論理学か先験論理学である。今の場合は先験論理学の名を取ろう。学問形式の理論は先験論理学にぞくする(先験論理学はカントの立場に外ならない)。――処が、学問の形式は、再びカントの立場に立って、学問の方法と考えられる。何となれば形式はカントによれば内容を統制して認識を齎す機能に他ならないが、認識を齎す機能こそ方法ではないのか。学問の形式は学問の方法である。故にカントの立場に於て吾々は次の帰結を得る。方法論――Methodologie-Methodenlehre――は先験論理学にぞくす、と。之が吾々の求めた「或る意味に於ける論理学」であった。故に又科学論は一つの論理学――先験論理学――と見做される理由が明らかとなった*。
私の方では、野菜の速成栽培に刺戟されて、筍の速成が盛んになつて來た。二月の瓜の珍らしからぬ事は疾く書かれているが「雪中の筍」ももう珍らしくはなくなつた。筍を早く生やすには、竹山へ六七尺の堆肥をするのだが、一寸か二寸位に延びた筍は、三冬すでに地中に横たはつているのだ。
田の中の水たまりに寒天樣の古鎖とも見えるぬる/\した紐を見るであらう。棒の先でそつと除けると、下に大きな蛙がかまへている。砂もぐりがひよろりと出て來ては、またもぐり込む。蛙は卵を番してるのだといはれる。
「今、司令部から電話掛って来て、あわてて駈けつけて行きやがった。赤鬼みたいに酔っぱらっとったが、出て行く時は青鬼みたいに青うなっとったぜ。どうやら、日本は降伏するらしい。明日の正午に、重大放送があるということだ」
**Cournot-Essaisurlesfondementsdenosconnaissances-Chap.※[#ローマ数字22、56-下-22]参照。
「困ったなア。いや、けっしていやな奴では……。いや、全くいい道連れでしたよ。しかし、思えば不思議ですね。元来、僕は音痴で、小学校からずっと唱歌は四点で、今でも満足に歌える歌は一つもありません。その僕が声楽家のあなたと道連れになるなんて……。いや、実際ひどい音痴でしてね。だから歌は余り好きな方じゃなかったんですよ。いや、むしろ大きらいな方なんですよ」
さてこの世界空間が最も実証的に物理的方法=対象を云い表わすものであることを吾々は今見たのであるが、世界空間が恰も物理的空間の一つの形態である筈であったから、茲に、世界空間こそ物理的空間の今のこの特色――方法=対象――を最も具体的に云い表わすものであることが結果する。私はこの結果を前に約束しておいた。
前の序文で、この書物と連関した一群の仕事を約束しておいたが、いまだにその仕事の中心へ立入ることができずにいるのは遺憾である。けれども私は決してそれを破棄しない、寧ろ約束した仕事の重大さを、様々な側面から増々痛切に感じているのである。
細木僕は、ただ感動した。自己の生命の終焉を、ああいふ風に、一個の興味ある現象として、静かに、そして、爽やかに観照できるといふことは、なんといふ人格だらう。それはもう、単なる思想でも観念でもない。パーソナリティーそのものだ。
二十七日帰紐、夜逢って、リバーサイドを歩く。
煙医師は、慌てて、脈をとる。早見に眼くばせをする。早見が代る。
暫くして又云つた。「マドモアセユは実に美しい体を持つています。脂肪は少しもない。筋肉は一つ/\浮いている。Foxterriersの筋肉のやうです。腱がしつかりしていて太いので、関節の大さが手足の大さと同じになつています。足一本でいつまでも立つていて、も一つの足を直角に伸ばしていられる位、丈夫なのです。丁度地に根を深く卸している木のようなのですね。肩と腰の濶い地中海のtypeとも違ふ。腰ばかり濶くて、肩の狭い北ヨオロツパのチイプとも違ふ。強さの美ですね。」
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