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p.36芥川は「生活的宦官に生れた彼自身を軽蔑しずにいられなかった」
其時戸をこつ/\と叩く音がして、戸を開いた。ロダンが白髪頭をのぞけた。
文學好の美しい從妹に感化されて、あの北の暗いしめやかな町に横瀬夜雨樣の詩に泣きつゝいつまでもいつまでも廣い本堂により添つていた二人の少女、今沁み沁みと偲んで居ります。春風秋雨、いく年か經て人皆變はりました。
歴史科学の概念構成が価値関係づけであるという主張は、そのものとして、誤りでないばかりではなく、至極必要なそして意味ある洞察に基いたものである。人々は之を否定することは出来ないであろう。ただかく主張することによって、歴史記述が現実に遂行されるその手続き――之こそ真に概念構成の名に適わしい――を充分顧みる必要がないかの如く見えるように振舞うならば、それは事実上、一つの重大な欠点として現われてくることは当然であるであろう。科学論の第三の批難はこの欠点を指摘する処に横たわる。歴史科学的概念構成の現実的内容に充分立ち入らず、従って歴史科学的方法のただ観念的な――現実的に対象に食い込まない――規定のみを与えることに満足するかのように見えるこの欠点を指摘しようとすることが、歴史科学の地盤から加えられる処の、多くの正当な又不当な、批難の根本的な動機であるであろう。
「あッ、危い!」
自然科学が一つの形而上学となった時、科学と哲学との区別は問題とされる理由がなかった。一つの自然科学(科学)がそのまま――例えば他の特殊科学との総合を俟たずに――形而上学(哲学)となるのだからである。故に第三に、強いて今の場合二つの学問の区別を与えようとするならば、恐らくただ学問が包括する外延上の大小――それは内包上の特殊・全般の区別ではない――がその区別であるであろう。又今、場合を逆にして或る形而上学が例えば一つの自然科学となる時であるならば、前と同じ理由によって、この場合にも亦哲学と科学との区別はあり得ない。事実、シェリングやヘーゲルの自然哲学――それは特殊な哲学的思弁が実証の範囲にまで及んで之に取って代ったという意味に於て前の場合と同様に形而上学でなければならぬ――にとっては、科学はとりも直さず哲学であるべきであった*。
「さよなら」
オレたちはそれで満足してんだから、オバサンに心配してもらわなくてもいいんだよ。
と、赤井もびっくりしたような声を出した。
論証的学問性と透察的学問性、之を区別する権利を吾々は得た、そして前者は事実決定の真理に後者は事実解釈の真理に基く。この区別を混同する時、人々は多くの誤った困難を見出すであろう。例えば論証的学問性をもつべき科学に対して透察的学問性――それは性格的であった――を要求する時、その科学の無味乾燥が、非人間性が、何かの意味に於て批難されても好いかのように見えるであろう。併しこのような批難はその科学の正常な感覚を欠いているということを他にして何の意味も無論有たない。又逆に透察的学問性を有つべき科学に対して論証的学問性を求める時、その科学の散漫が、不正確が、批難されるべきものとして現われるであろう。例えば歴史学――それの学問性に就いては今述べる――は科学なりや否や、というような、或時代の題目は、恐らくこのような批難によって促されたものであろう。このような批難は批難するものの誤解を云い表わすものでしかない。その誤解が、今云った二つの学問性の混同であった。
「おっちゃん、うちも中イ入れて」
劇場経営は、もともと企業として、若干の危険率を含むものであるから、たとへ純営利的な立場から考へても、多少の道楽気を必要とするらしい。従つて、その危険率を最も少くするためには、なんとしても、一般大衆の趣味に迎合しないわけに行かず、一般大衆の趣味に最も近い趣味の所有者が興行者として、先づ先づ成功するといふ理窟なのである。
自然科学的世界に就いて与えられたこのような種類の叙述は、相応する変容を之に加えることによって、恐らく歴史学的世界に就いても亦検証され得るであろう。私は之を省く。
浮浪者の中から、声が来た。
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