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内科の医者である私の友人Aは先日面白い話をきかせてくれた。

第三の批難。歴史科学が取り扱う概念は個別化されたるもの、個性、であったが、個性とは実は価値へ関係づけられたる限りの個物を意味するものとして理解された。歴史科学的概念構成の性格は価値関係づけであると考えられた。併しながら、所謂価値関係づけだけによっては、歴史科学的概念構成の性格は明らかにされず、又価値関係づけがそれの最も重大な特色であるのでもない、之がフリッシュアイゼン・ケーラーの第三の批難である。歴史科学的記述は、個物のもつ多様の性質の内から特に価値に関係づけられて取り出された特定の性質だけを記述することである、と云うのが誤りであると云うのではないが、歴史科学にとって重大な関心となるものは、単に歴史科学が今述べたように記述するものであるという主張ではなくして、如何なる手続きを経ることによって歴史科学がかかる記述を現実的に行ない得るかにあるであろう。なる程価値へ関係づけられることによって歴史科学的統一の準備は整ったであろう。併し単に価値へ関係づけられただけの対象はそれだけではまだ実際の統一を有ってはいない。例えば歴史家が実際に、或る歴史的人物の個性を記述するとしよう。彼はその人物の全体を標準としてその部分となるべき一切の行動や表現を材料として選択しなければならない。この場合材料の選択はそれがこの全体の有つ内部的連関を明らかにする材料として役立つように行なわれるべきである。この選択は価値へ関係づけて行なわれるには違いない。併し選択しただけではまだ実際の記述ではない、現実の記述は、この材料を如何にして全体と部分の連関として関係づけるかという、現実的な問題の内に存する筈である。故に価値へ関係づけるという性質を特に指摘して見た処で、歴史的部分相互の、又部分が全体に対する、連関の実際上の分析には、少しも現実的に寄与することを得ない。歴史科学的概念構成の特色はそれであるから、単に価値関係づけであると云うことによっては現実的には明らかにされ得ない。そうすれば次に、価値関係づけは第二段として、特に云い立てる必要のないものとしてしか意識されず、之に反して歴史的全体と部分とを連関せしめる現実的な方法が、第一義的な問題となって、歴史科学的概念構成を性格づけると考えられることは自然であるであろう。価値関係づけという規定はこの時次第に無視される結果を招き、従って例えば「自然科学的な意味に於て構成され得る特徴を与えるのでなければ、どのような特殊の事物の記述も不完全である」というような点が力説されることとなり、そして却って之が、価値関係づけだけでは歴史記述の解明として不充分であることの証拠と考えられるに至るであろう。又例えば価値関係づけとは、歴史家にとって単に、歴史的全体――歴史的普遍概念――の内容へ歴史的事件を従属せしめることを意味するにすぎない、とも考えられるに至るであろう*。そうすれば歴史記述の特色はもはや価値関係づけではなくして、例えば、目的乃至作用の連関の記述になければならないと考えられるのも必然であろう**。

**DieProblemederGeschichtsphilosophie-S.89ff其の他参考。

「君は似てるね。」

*リッケルトは形式的に自然科学と歴史科学とを区別し、内容的に自然科学と文化科学とを区別する。歴史と文化との区別は対象と世界との区別に相当するであろう――前を見よ。

「いや、しかし、勇敢ですな」

多年の観察と思索とから、生のもっとも有効なる活動であると信じた実行である。実行の前後は勿論、その最中といえども、なお当面の事件の背景が十分に頭に映じている実行である。実行に伴う観照がある。観照に伴う恍惚がある。恍惚に伴う熱情がある。そしてこの熱情はさらに新しき実行を呼ぶ。そこにはもう単一な主観も、単一な客観もない。主観と客観とが合致する。これがレヴォリユーショナリイとしての僕の法悦の境である。芸術の境である。

第四の批難。私はフリッシュアイゼン・ケーラーの加えた批評から離れて、科学論に対する更に一般的なそしてより重大と思われる、批難を顧みる。歴史科学が法則を求めることをその目的としないということ、個別化がその概念構成の特色でなければならないということ、之に対する批難とその或る意味に於ける弁解とを私はすでに述べた。併し之までの攻撃は必ずしも積極的な攻撃でもなければ正面からの衝突でもなかった。今度は之に反して、歴史科学の地盤から現実の歴史記述に立脚して、積極的な正面からの攻撃が加えられる場合である。最も有力な攻撃は主として、歴史を社会概念へ関係づけて理解しなければならないと考える人々から加えられている夫であろう。一方に於ては伝統的歴史家から例えばランプレヒトの場合を、他方に於ては唯物史家の場合を、この例として挙げることが出来る。前者にとっては社会的心的法則が、後者にとっては社会的物質的存在の法則が歴史を一貫する原理であり、そして歴史科学は、それの追求並びに之による歴史の説明を目的とするものとして、理解される*。元来歴史に於て法則を否定することこそリッケルトの歴史科学方法論の核心であり又その独創であったのであるから、この攻撃は正に正面的である他はない。そこでリッケルトはこの攻撃に対して答える。所謂歴史的法則と考えられているものは、実は歴史の原理ではなくして社会の原理に外ならない。社会生活の原理として、社会学の対象として、そのような法則は意味あるものであろう。併し元来社会学は、往々それを要求されるにも拘らず、決して歴史哲学であるのではない。それは社会生活の原理を求めるのであって文化生活の原理を求めるものではないからである。文化生活の原理、それこそ歴史的原理であるであろう(歴史的原理はリッケルトによれば再び価値の外ではない)、併しそれは歴史的法則ではない。歴史的法則という概念は論理的矛盾であって論理的に不可能である、と**。それ故リッケルトによればこの批難の誤れる根拠は歴史概念と社会概念との――文化と自然との――混同に存在しなければならない。

とにかく、まあ、なんといふ込み入つた、いろんなことを考へさせる作品だらう。考へ出せば切りがありあしない。それも小林が書いたことそのものより、その書いたことからあいつが何を書かうとしたかを引き出して行けば行くほど面白くなるのぢやないかしら。さうなると作品の出來不出來なんぞは問題ぢやなくなつてくる。こつちですこし本氣になつてそれに向つていると、作者自身が大へんなものにぶつかつてしどろもどろになつている樣子がはつきり浮んでくるが、しかしそれは作者の方ばかりぢやなしに、こつちまでひどくしどろもどろにさせずには措かないような、底の知れない、氣味の惡い作品だ。

そんなことをして騒いでいるところへ、三十すぎの女と、まだ学校出たてらしい若い男が、先生をたずねて来た。二人とも雑誌記者だった。

この運動が、直ちに人々の思い至るであろう処の運動の諸概念によっては、必ずしも正しく名称づけられないことを指摘しよう。

「こんなスカタンな、滅茶苦茶な戦争されて、一時間のちの命もわからんようなことにされながら、いくら兵隊さんにでも、へいと言って出せるもんですか」

早見博士が帰つた後、主治医の煙は、ぼんやり応接室に残り、冬菜は、ひとり、夫の病室に戻つて行く。

「パパ。」
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