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第二に、併し茲に注意しなければならないのは、哲学が科学の特殊性を指摘したことが、決して哲学の全般性を保証することにはならずに、却って同時に自らの特殊性を証明する結果になった、ということである。というのは哲学は古くから考えられたように実在を取り扱う学問ではもはやなくして例えばただ価値のみを――それは実在から区別された特殊の領野である――その対象とすることとなったであろう。価値を以て実在に代えようとする価値の形而上学――それは自然科学的形而上学が破られねばならぬと考えられたと同じ言葉の意味に於て形而上学である――に逃れない限り、哲学はそれ故一つの特殊な学問でなくてはならない筈なのである。たとい哲学が科学に較べてより一般的なより根柢的な対象を取り扱うにしても、それは哲学が全般的・総括的な学問であることを保証するものではない。哲学を何かの意味に於て批判であるとするならば――それが実証科学に取って代ることが出来ないと云う点に於て――それは一つの特殊な学問でなければならない。ただ哲学が何かの理由から実証的となり得る時にのみ、それは初めて哲学に従来期待されていた処のかの全般性を再び獲る機会があるであろう(但し科学が実証的であるからと云って科学の全般性は保証されない)。そして実際人々はすでに之まで実証哲学の名の下に、哲学のこの全般性を求めて来たのである*。この時科学と哲学とを区別するものは、その学問が、諸学問の総合・集成として、全般性を有つか、又は有たないか、の相違の他にはないであろう。

「二分か。この二分の間に、俺は何か言わねばならない」

*この区別を支持する者としてヴントとディルタイとを並べ挙げることが出来るかも知れない。併し前者と後者とでは、精神科学という概念によって理解する処が、非常に距たっている。所謂精神科学に就いてのディルタイの優れたる洞察は、今の場合の批評の対象とはなり得ないであろう。後に至って之に触れる必然的な別な機会を私は有つ。

細木、ハツとして、これも、座を起つて、そつと姿を消す。

大里僕は、これでも、クリスチャンだぜ。

第二部

「私達数名の教室員が今ここにその原子物理学の結晶たる原子爆弾の被害者となつて防空壕の中に倒れておるということ、身を以てその実験台上に乗せられて親しくその状態を観測し得たということ、そして今後の変化を観察し続けるということ、まことに稀有のことでなければならぬ。」と真理探究の本能から勃然として新鮮な興味が湧き上る。それから傷病者の救済に奔走しながら、九月に入ると遽かに原子爆弾症患者が激増して来るが――この辺の状況は広島の場合とほぼ似ている――遂に永井氏も前から職業病として持つていた原子病が再発して病床に倒れてしまふのである。既にこの著者はあとあまり長くは生きられないことが確定している。が今、死床にあつて、この人は何を人類に訴へ何を叫ばうとしているのだらうか。この書の終りには書いてある。

この批難は併し、直接には、少しもリッケルトに対する批難とはならない。何となればリッケルト自身、歴史的な作用の連関の記述を以て歴史記述の目的と見ているのだからである。個別的因果の概念の如きかかる連関に就いてこそ必要であったのである。却って彼は、一般に承認されているであろう処の歴史記述の今のこの目的の根柢に、価値関係づけという新しい関係を見出した点に於てこそ、独創的であったのである*。フリッシュアイゼン・ケーラーの批難は、リッケルト自身が述べているように、彼に対する誤解に基くと云うことが出来るであろう。併しながらこの誤解は決して無意味な誤解ではない、それは結局リッケルトの事実上示している一つの欠点を指摘する動機に基いているからである。リッケルトの科学論に於ては、歴史記述に就いてただ価値関係づけという規定だけが強調され、之に反して歴史的作用の連関という他の重大な規定は極めて軽んじられて見えることは事実である。処が作用連関の記述こそ歴史記述の現実的な規定でなければならない。というのは、価値関係づけという規定を指摘した処で歴史家の歴史記述に対して実際上の解明を与える余地は恐らく少ないであろう、之に反して作用連関の記述の仕方を指摘することは、それ自身実際的歴史記述の解明であるであろうから。人々は茲にリッケルトの歴史哲学とディルタイの夫とをその実際上の効果に於て比較して見るべきである。歴史記述のこの現実的な規定――作用連関――を特に強調しようとすることが、とりも直さずフリッシュアイゼン・ケーラーの批難の根本動機をなす。であるからこの批難は直接にはリッケルトに対する批難となることは出来ないが、それにも拘らず、間接に、結局は、科学論の一つの欠点を実質上指摘しているものでなければならない**。

もっとも、彼は部下の余興を見なければ、酒が咽へ通らないという奇病を持っていたから、その鯨のような飲酒欲を満足させるためには、兵隊たちは常に自分の隠し芸をそれぞれストックして置く必要があった。

国家の総力という点からみて、われわれの最も警戒すべき弱点は、恐らく、このへんにありはしないかと思はれます。しかし、これは決して、本質的な日本人の欠陥ではなく、いはゞ、外敵の侵入に脅かされたことのない国民の、暢気さが、日常生活の心構へを知らず識らず不徹底なものにしてしまつたのであります。

冬菜からだぢゆう、どこもかしこも痛いつて申しますんです。でも、ほんとに、よく我慢いたします方なんですけれど……。

そう呟きながら、白崎はホームに立っている彼女の顔をしみじみと見た。その匂うばかりの美しさ!

さて又古書の多くは其の附加竄入のあることを豫期して觀察すれば、其末尾に附加されることが多いと同時に、首端に於ても亦附加せらるべきことを想像し得られる。そこで次に予が提供したい疑問は尚書の卷首の方の部分で、即ち堯典より洪範に至る各篇である。是も劉逢祿の考へた如く詩と比較すれば、そこに一の觀察點を見出すことができる。詩は商頌を以て終つている、是はやはり儒家の思想變遷の時期を現はしているのである。大體に於て儒家の思想の發展は、其初は孔子が東周を爲さんといへる如く、周の統を承くるものとして魯を周の位置に置く考へが行はれた、これ詩に魯頌あり、尚書に費誓のある所以である。春秋なども最初は王を以て魯に與へる考へであつたが、其後公羊學の發達に從つて、王を以て孔子其人に與ふる考へとなり、所謂素王説が出來たものである。又孔子は殷の血統を引いている人である、此點より考ふれば詩の編成に於て魯頌の次に商頌を附け加へた意味を理解することが出來る。斯くて尚書に於ても最初の儒家の考は、其編次の方法として、最後に費誓を置いたのに一歩を進めて最初に洪範を置き、殷の遺臣たる箕子が道統を傳へたといふ意義を寓したものと解釋し得る。又尚書に關して漢代から一種の疑問となつている事は司馬遷の採つた史記の材料である。司馬遷は當時尚書に關した材料は今文に取つたことは明かで、近代の今文學者は史記の引用せる尚書により今文が古文に相違している點を發見することになつているが、然るに漢書儒林傳に據れば、司馬遷は孔安國から古文尚書を受けたので、史記に堯典、禹貢、洪範、微子、金縢諸篇を載せているのには古文説が多いと言つている。此に由つて觀れば司馬遷の當時に此等の諸篇は今文説で解釋することにしては、頗る薄弱であつたといふ事が知られるのである。而して此等の諸篇は皆大體に於て周書の大部分の如く或時の或事件を單純に記したものではなく、多くは長い間に亙つた事件の始末を編纂したものであり、而して其内容に立入ると、堯典、禹貢、洪範は一篇の中に幾多の異つた材料が混じていて、長い間に亙り變化した時代の思想を含んでいるものなることがわかる。それで此等の各篇は兎も角書籍編纂の技巧が儒家の間に出來てからのものなることが想像せられる。又其中に插まれている甘誓湯誓は一種の韻文であつて、これは春秋戰國の頃に暗誦で傳へられたものなることを知るに十分である。斯くて此等の諸篇は洪範以後の各篇、即ち五誥を中心とし周公の言辭を主として書いた各篇とは、全く別の體裁のものであることが明かである。

**比較的この場合に近い例をWhewellに於て発見する。彼によれば学問はそれに含まれた諸観念――空間とか運動とか――によって分類されなければならない。そして彼が一方に於て学問の単なる対象による分類を却けていることを今の場合特に注意しなくてはならない。
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