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「あれを買うって?」

「小杉さん。」

「はあ。でも、歌はおきらいなのでしょう?」

嘗て学問の性格を云い表わすものとして、方法は対象に対立した。今や学問性の規定として、それは体系に対立する。単に学問の性格を云い表わすと云われるに止らずして、方法は(又体系は)今や更に学問性そのものの規定であるのである。というのは、学問性が今や一方に於て方法であり、他方に於て体系であるのである。かくて学問は一方に於て方法として――手続きとして――、他方に於て体系として――成果として――成立する。学問の学問性は一方に於ては方法によって、他方に於ては体系によって、初めて保証される。さて今、学問性の分析を借りることによって、方法概念は自分自身の根柢に向って云わば垂直に運動して行ったのを人々は見ないであろうか。これは嘗て方法が対象に向って行った運動とは明らかに区別されなければならない運動――恐らく落着又は上昇――である。前の場合の云わば水平運動に対して之は云わば垂直運動であるであろう。そしてこの垂直軸の新しい一点を原点とする水平面に現われるものが体系の概念に他ならない。この新しい水平面に於けるこの二つの概念相互の運動を、吾々は今見よう*。

「すこしありますよ、私はいたゞかないから、貰つたのをそのまゝにしてありますよ、」

細木さうね。今日のは、あんなもんぢやなかつたですよ。

「蓄音機に撲られるより、蓄音機を撲る方が気が利いてるよ。あの蓄音機め、こわしてやる。脱走よりは男らしいよ」

とにかくむかしのひとの髪の長かったことは、大体その人が立って、なお髪の末が四、五寸くらい畳を這うのを普通としていたのである。

第三部

学問性の有つ教導性は、学問の有つ公共性の一つの保証の他ではない。何となれば、教導性とはたとえば学問の教育を説くために指摘された規定であるのではなくして、実は、学問が学問であるためには、個人的人格の内面性を踏み越えることが出来なければならぬという、学問の公共性を説くために採用された規定であるからである。事実、学問に於ては特に、独り好がりを人々は最も悪むであろう。公共性を有たない或る人の理論的労作は、たとい其の人によってどのように価値高く空想されようとも、それであるからと云って学問性を有つことが出来るのではない。従ってそれは厳正な意味に於ける学問の名に値いすることは出来ないと考えられる。今、公共性とは普遍的通用を意味する。併しそれは学問が事実に於て通用し、又は統計上概して通用し、或いは又公算上恐らく通用するであろう、と云うのではない。そうではなくして原則に於て普遍的に通用する筈のものであり、又普遍的に通用して然るべき資格を有つものであることを、それは意味する。学問性を有つが故に却って事実上普遍的に通用せず、学問性を欠くが故に却って事実上一般に学問らしいものとして通用するような、そのような場合を人々は知っているであろう。さてこのような原理的な――単に事実的なものとは異る――公共性を人々は普遍妥当性と呼んでいる。そしてそのような人々は又之を以て学問性の規定と見做しているのである。故に教導性の概念が所謂普遍妥当性の古典的な云い表わし方に相当する一面を有つと云うならば、この言葉は許されるであろう。かくて学問性は普遍妥当性として――但し無論向に規定した通りの教導性に相当する学問に固有な普遍妥当性として――一層確実に規定されることが出来た。

「仁王門を抜けて行くと、あの銀杏の傍らに、ぬうツと烏天狗が立つているんだ。よく/\見とゞけてやらうと思つて、近寄ると、ふつと、もう姿は消えていたといふことだが――」

世界を取り扱う科学、従って又科学的世界をその対象とする科学は、かくして普遍性を有ち、又世界並びに科学自身に固有な一義的な方法を有つからして、この種類の科学は、単に個々の事物を取り扱う種類の科学――それは世界を対象とすることは出来ない――に較べて、何か優れた資格を有つものと考えられることが必然である。科学的世界を対象とする科学は、そうではない科学に較べて、何か本格的と考えられる理由が之である。

先に、重力の特殊の場合が世界の座標軸の変換と同値であることを述べた。今又重力が世界各点の曲率と同値であることを吾々は見た。故に重力の場はとりも直さず世界自身の内に含まれることが明らかとなった。

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