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「なかなか夜が明けませんね。まだ星が光っていますよ。」
ソコデウサギハクルマニシバリツケラレマシタ。
「誰にだい。」
植木屋は木をいぢるのに、何は春がいい秋がいいのといふ。經驗から來た教へであらうけれど、松を移すのに、根へするめを卷く事と、酒を呑ませる事は必然性が無いやうだ。私は今度五葉の松を移したが、高さ五間もあつたから大きい事は大きいが、『こんな大きな五葉は六七里四方には見當りません。これを枯らしては冥加に盡きますから』といはれて酒も呑ませたが。
ロダンは何の過渡もなしに、久保田にかう云つた。「マドモアセユはわたしの職業を知つているでせう。着物を脱ぐでせうか。」
あれに……。あれは今もすぐ頭上に閃くかもしれなかつた。京都も大阪も東京も、そんな地名や場所がまだ存在しているのかしらと遭難者である僕はその時考へていたものだ。警報が出るたびに、あれは僕たちを脅かしつづけた。
「トランク持って来ました」
A――そうさ、俺は嬉しいのだ。
早見わたしはそんな人情論をしているんぢやない。ただ、それは医者の資格においてするべきことかどうか、といふ疑問をもつているだけです。言はば、対人的な、特別な技術を必要とする役目なんだから、責任はもてないといふだけです。しかし、わたしにやれとおつしやればやりますがね。
さて吾々は手続き――それは理論の誘導性を説明する――としての方法概念と、之から区別された処の考え方としての方法概念とを得た。前者――それは今まで已に吾々に知られていた――がどのようにして後者へ運動し得たかを重ねて述べる必要はもはやないであろう。
この困難は併しながら、リッケルト科学論の理論的整合から見て、必ずしも致命的ではないであろう。なる程自然科学――それは普遍的法則を求める――は決して個々のものを排除しはしないであろう。併しそうであるからと云って、自然科学の法則が個別的なものを記述することにはならない。個々のものは成る程一般的なるものとしてではなく正に個々のものとして、法則の規制を受けるのではある、併しそれであるからと云って、個々のものの有つであろう個性が、個性として、法則の支配を受けるということにはならない。相異るもの――個々のもの――が必ずしも個別的なものではなかったことを人々は思い起こすべきである。個別的という概念によって理解されるべきものは実は常に、個性を有ったものでなければならなかった。処が個々のものは差異性をこそ持て、それだけではまだ個性を有ちはしない。問題は個性の有無であった。そしてリッケルトは、その概念規定がやや不適当であったとしても、とにかく量的個別性と質的個別性とを区別することによって、この区別を与えていたであろう。それ故例えば精神物理学が個別的なそして而も質的なものを取り扱うからと云っても、個別や質がこの場合個性的なものを意味しないからには、この科学が依然として自然科学にぞくすることを妨げはしないのである*。真に個別的なるもの――個性――は一定の価値に関係せしめられて初めて理解されるべきであった。かかる価値は自然科学の対象の規定に少しも与かる理由を見出さない。個別化はそれ故矢張り歴史科学にのみ特有であるのである。それであるから、自然科学は、その法則は、個別的なものを取り扱わない、というリッケルトの言葉は、一応誤ってはいないであろう。――ただ批難されなければならぬものと見えるのは、この言葉によって事実上暴露されている処の、自然科学的法則概念の理解の不充分さである。元来自然科学的概念構成の限界を決定することによって歴史科学の概念構成の特色を説明しようとするのが、科学論の理論上の手続きであったのであるから、この自然科学的概念構成の特徴として掲げられた法則概念がすでに不充分であることは、必然に自然科学的並びに歴史科学的概念構成の理論を薄弱にしないではおかない筈である。特に今は自然科学に就いて――歴史科学に就いては後を見よ――この弱点が恰も指摘されたのであった。
などゝいつた。はじめにいた一度結婚したことのある女中は、何故かすぐ逃げだしてしまつたといふことも思ひだした。彼の考へは頻に放縦な女の話へと往つた。彼は中学生相手の雑誌を編輯している文学者の話した、某劇場の前にいた二人の露西亜女の所へ往つて、葡萄酒を沢山飲まされて帰つて来たといふ話を思ひだした。と、発育しきつた外国婦人の肉体が白くほんのりと彼の眼の前に浮ぶやうに感じた。
また惡いさうだね。だから言はないこつちやない。ぢつと寢ていたまへ。病氣はこつちで辛抱強く馴らしてやるがいいんだ。一度馴れてしまつたら、こんなに可愛い奴はない。
是に由つて想像し得らるゝ事は、此等の諸篇がやはり儒家思想發展の各時代を段々に現はしているものでないかといふことである。孔子の政治に關する理想は周公の制度の復活にあつたらしく、吾東周を爲さんかと言ひ、吾は周に從はんと言ふようなことが、少くとも孔子に最も近かつた門派の人々が最初に考へ得らるべき思想である。それで堯舜を祖述することは恐らく其以後に出來た思想であつて、是は九流の中の他家と競爭上、儒家が漸次古き時代に標準を置くやうになつた結果でないかと思はれる。即ち初め孔子及び其の門下は周の全盛を理想とし、それより周の統を承けた魯を王とする思想を生じ、次で孔子を素王と推尊する所より殷を尊ぶ思想を生じたものであると思う。然るに一方に於て墨家の如きは、その學派が殷の末孫たる宋に起つたに拘らず、理想の人物としては、禹を推尊するやうになつて來たので、堯舜の傳説は孔子以前より全く無かつたといふに非ざるも、堯舜を祖述するといふ思想は、墨家に對して競爭する上から生じたものと思う。其後六國の時には更に黄帝、神農を説く學派を生じたので、甫刑の中には既に疑はしけれども、堯舜以前のとか黄帝とかの疑を有する者を含んで居り、六藝中比較的晩く發達したと思はるゝ易の繋辭傳にては伏羲まで溯つている。此に由つて觀れば尚書にて周書の前に殷に關する諸篇を置くことは、孔子並に其の門下を去る遠からざる時代に爲されたのであらうが、堯舜や禹に關するものは更に其の以後に附け加へられたものと考へ得られぬことはない。其他六國の末から漢初に至る間には又一種の思想があつて、魏源も指摘せる如く、史記の殷本紀の湯誥に三后は其后皆立つこと有りと言へる如き思想が餘程一般に行はれたものゝやうである。史記の如きは明かに其の思想を以て書かれたもので、陳杞世家の末には人民に功徳の有つた人の末孫が或は帝王となり或は大諸侯となつたのであつて、それには世家言あり本紀言ありと斷つている。それで尚書に在りても史記が本紀若しくは世家に於て表はしたことを其の典謨に於て表はしたゞけの差であつて、兩者は同じ思想の産物たることを明白に認め得られる。されば皐陶謨の如きは其の思想によつて明かに解釋し得るのであつて、皐陶の如く刑罰を掌つた者が重んぜらるゝのは――甫刑で伯夷の如く刑罰を掌つた者を重んずるも同樣であるが――法家名家の起つて以後の晩周の思想たることが知られるのである。要するに皐陶は晩周思想と、特に皐陶が秦の先祖であるといふ傳説から、堯舜と並べられて尚書の主なる部分に入れられたのであつて、文辭から言つても、典謨中皐陶謨は最も新らしき要素を含んだものであると思う。
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