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[#改段]
大里なるほど……。
※[#丸漢数字五、646-2]、強くリアリスティックになれない彼、ロマンティシズム美を(時代と場所との制限をつけない美)歴史的素材エキゾティックな世界奇蹟に見そママうとした
看護婦わたくしが差しあげようとしても、なんにも召しあがりませんのですが、奥さまが無理におすすめになりますと、それでもいくらか……。
「もう、落語はおやりにならないんでやすか」
*このような場合を吾々は已にギリシアに於て知っている(但し其の他の歴史的制約を見ないとして)。生活法としての学問は、従って又学問のそのような学問性は、中にもプラトンに於て最もよく意識される。プラトンに於ては学問性が、之に対してアリストテレスに於ては寧ろ学問の方法が、主として問題となった。
浦しかし、それは文章の書けない、或は文章を書くのが億劫な先生方の、一種の偏見ぢやないでせうか。
*Rickert-DieProblemederGeschichtsphilosophie-S.15―25参照。
五月四日の夜、Sunday――AとBrickChurchに行き、カーネギー夫人に会いかえりにFifthaveを歩いて、MaisonFacileでSupperを食べ、夜の中を散歩してかえり、殆ど徹夜して、ミスコーフィールドのことに就て考える。
われわれの生活が、現在のようなものである限り、私は、はつきり申していいと思うのでありますが、今直面してをります国家の危急を立派に切り抜けることは覚つかないと思ひます。日本はどんなことがあつても戦ひに敗れないといふ信念は、信念としては国民ひとしくこれを有つてをりますが、また事実としても、日本人にとつて一番大事なものだけは失はないといふ意味に於てそれは実証されるでありませうが、しかし、今度こそは、うつかりすると、その次ぎに大事なものぐらいは失はないと保証できないのであります。
君はもつと本の裝幀のことなど僕に書かせたかつたんぢやない?しかし、僕はいまそんな餘裕のある氣持ぢやないんだ。いい本はとてもいい本だとも。
人々は普通、一般に因果と合法則性――それは普遍的であった――とを同一に考える。併し因果関係が、経験的に実在するものでなければならない以上、一般にそれは普遍的ではなくして個別的である他はない。経験的実在は個別的――異質的――でしかなかったからである。実在に於ける因果関係はそれ故個別的因果でなければならない。歴史的発展の段階相互の関係に於て、又歴史的事件とその環境との関係に於て、見出される因果関係、それは又この個別的因果関係であるのである。個別的因果を具えた事実(実在)をその個別的因果に於て把握し得るものは自然科学ではなくしてただ歴史科学だけでなければならない。歴史科学が歴史的全体と部分との連関を明らかにし之を云い表わすためには、この因果関係を跡づけなければならないのである。併し歴史家はこの場合単に原因結果の時間的継起を指摘するだけではなくして、この反覆し得ない個別的原因が、この反覆し得ない個別的結果を惹き起こさねばならないというように、一つの必然性を見出す必要があるであろう。この必然性なくしてただ二つの事件の時間的な前後関係を指摘しただけでは少しも科学的意味を得ることは出来ないからである。処がこの必然性を見出すためには、結果と見做されるべき個別的事物を、まずそれに結合している諸々の普遍的な要素に分解し、次に之をば原因としての事物の同じく普遍的な要素に結び付けるのでなければならない。即ち個別的因果を必然的なるものとして指摘するためには、普遍的因果を迂回した上で、個別的原因が個別的結果を惹き起こすことを跡づける必要があるのである。かくすれば、個別的因果の指摘は必然に因果法則を必要とすることとなるであろう。然るに法則は一般化に固有であった。個別的因果を用いねばならない歴史科学はそれ故、もはや単に個別化ではなくして一般化に含まれて了うことになりそうである。かくては歴史科学も自然科学から区別される今まで見た唯一の特徴を失って了わなければならないようである。併し個別的因果を指摘するために必要な普遍的因果――因果法則――は、要するに一つの迂路に外ならなかった。という意味は、因果法則の追跡がこの場合、歴史科学の目的であるのではなくして、ただその目的を達成するために必要な一手段で夫はあるのであった。因果法則は個別的因果の追求という目的の手段としての意味しか持たない。歴史科学は個別的因果に於て、個別的なるものを取り扱うことをその目的としている。その手段として或る範囲の一般化――因果法則のような――は用いるであろう、併し自然科学に於てのように、この一般化がその目的であるのではない。歴史科学の概念構成は、この意味に於て、矢張り個別化である。
煙率直にお見立てを伺ひたいもので……。
B――お前は極端な虚無主義者だ。俺はそういう虚無主義を憎む。俺に云わすれば、生は凡てであり、死は無である。生きてる間こそ、この俺という者もあり、俺の生活もあり、人生もあるのだ。死はそれらのものを凡て滅ぼしてしまう。生も死も同じだというお前には、生活もなく、人生もなく、お前自身もなく、ただあるのは虚無ばかりだ。
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