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例へば、肉体各部の機能と精神のさまざまなはたらきとを明確に結びつける精神生理学なるものは成り立たないか?そして、からだのある部分の発育、乃至老衰の徴候から、その人間の知能や道義心の程度を推しはかることができたとしたら、これはなかなか画期的な発見にちがひない。

経験科学の分類はその方法によって初めて原理的に与えられることが明らかとなった。吾々は愈々分類への関心を捨てて方法への関心に移動すべきである。

「お父さん、今日の新聞は……?」

学問性の区別を見出すこと、これは方法論の名に値いする。何となれば、学問性こそ学問に於ける方法概念の最も根柢的な形態であったことを吾々は最初に決めておいたのであるから。

手塚さんはいつから起きてるのかしら。

自然は一つの世界であると云った。但し自然が、個々の又特殊の物体を、生物を、現象を、意味する時、それは世界にぞくする単なる事物を意味するに他ならない。人々が自然をこのような個々の事物として理解している場合のあるのは事実である。処がこのような一切の自然的事物を包括し支配する処の世界をも亦事実人々は自然と呼んでいる。自然は個々の事物としても、又普遍的世界としても理解出来る。今はただ後者の意味をのみ取る。世界としての自然、この日常的概念は更に、科学的世界としての自然――自然科学的世界――となることが出来る。

「同じだよ。」

十五未来の仕事(自分)についての議論

*コントの所謂歴史三段階説が、直接には、テュルゴとサン・シモンのそれから伝承されたことは、知られている。

海辺の小さな別荘が目的地だった。別荘といってもいま流行のリゾートではない。海の家といったほうがいいような、古びた小さな別荘だった。スティービーは、別荘に入れと無言のまま顎をしゃくった。オレが別荘に向かい始めると、すぐにリムジンのエンジンがかかる音がした。振り向いたときにはリムジンはもう小さくなっていた。オレは他に目的もなく、別荘に向かうしかなかった。

「野島にさ。」

「これだけですか」

さて対象による分類に来る。アンペールは自ら与えた分類の特色を、学問それ自身の考察に基く処に存在すると考えた*。恰もリンネが植物の分類に於て植物そのものの性質をその原理としたと同じ精神と意味とに於て、アンペールは学問自身の性質に基いて学問の分類を与えると考えた。学問それ自身の性質ではなくして精神的能力の性質に基いて与えられたベーコン・アランベールの分類法――三分法――とは異って、彼は二分法を採用した点に他のも一つの特色を有つ。sciencescosmologiquesとsciencesnoologiquesとがその第一次の分類である。処が学問それ自身の性質とは彼によれば正に対象によって代表されるに他ならない。故にこの場合の分類の原理は対象に存在するのである。ベンサムはアンペールと略々同じ動機に従って彼自身の二分法――coeontologyとidiontology――を有つ。又アンペールの分類を訂正したものとして吾々はクルノーを有っている。クルノーの分類の特異な点は三つの系列と五つの群との組み合わせを以てその原理とする処にあるが、この系列も群もそれ自身対象的区別に基くのである**。対象による分類の内最も精密であり又最も現実的にして***且つ現代の学問状態に適切であるのはヴントの夫でなければならない。ヴントの分類は人々の能く知る処である****。

*これの代表的なものはオーギュスト・コントである。彼の哲学(科学)――特に社会学――は或る意味に於て諸科学の集成であるということが出来るであろう。より複雑なる学問はより単純なる諸学問の基礎の上に立つと考えられているのであるが、社会(又歴史)の学は、この最も複雑な従って又今の場合最も全般的な総合的な学問であるのである。特殊科学の不当なる拡張であった向の形而上学と、この種類の諸科学の成果の集成(之は往々にして百科全書的となる恐れはあるが)とは、区別されねばならぬ。実証哲学は批判哲学でもないが又形而上学でもないであろう。近代に於て例えばヴントを一例として取ることが出来る(Wundt-SystemderPhilosophieを見よ)。
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