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ひょうきんな、落語家らしい言い方だったが、言っているうちに、赤井も次第に昂奮して来て、

加来ちよつと早見君……いいことを考へつきました。これはまさしくホルモンの変調……。わかりますか、ホルモンの変調……。兄貴にさう言つてくれたまへ。

科学論がぞくする論理学――先験論理学――を、吾々にとって最も意味あるように特色づける他の概念は、認識論であるであろう。認識とか認識論とかいう言葉の意味は様々であるが、今は科学的(学問的)認識の理論を之によって理解しておこう*。今は科学的(学問的)認識の分析が、科学論――方法論――の中心的な形態となるであろうと云うのである。学問概念に就いての吾々の分析はそれ故、もはや単に方法対象の構造の分析でもなく、又更に学問性の分析でもなく、又更に学問の分類の問題でもなくして、正に認識の(即ち又知識の)、そして又科学的(学問的)認識の、分析でなければならない。「学問の分類」の最初に挙げた、学問概念の分析の第三の道が之であった。科学論は最後に認識論としてその性格を現わす。科学論は方法論となり論理学となったが最後に認識論として性格づけられる。

時計は十二時に十五分しかなかつた。彼は自分の物足りなさを充たしてくれる物は、上野の広小路あたりにあるような気がした。彼はすぐ広小路まで帰らうと思つた。さう思うとゝもに、彼の頭の一方に雨の日の上野駅の印象が浮んだ。その印象の中には赤い柿の実が交つていた。彼はその印象をちらちらさしながら勘定のことを考へた。

労働者クラブはどう云う風になっているかと云うと、工場内の「小クラブ」でも音楽、文学、映画、演劇、政治研究室、及び図書室が、必ずついている。其の他に「母と子」の部屋と云うのがあって、婦人労働者及妻が集会や映画を見たり演説を聞いたりする間に子供を遊ばせて置く処である。「大クラブ」になると、体育室、水泳プール、大きな演劇の舞台、軍事教育、ラジオ、ピンポン、衛生室(特に性病予防の知識を与える)、図書室、外国語の研究室、食堂などまである。

と、がっかりしながら、電話を切ると、暫らくぽかんと突っ立っていたが、やがて何思ったのか、あわててトランクを手にすると、そわそわと出て行った。

相互決定の分析に先立って一つの注意を忘れてはならない。人々は茲に直ぐさま交互作用を憶い起こすことであろう。方法と対象とは交々互いに決定するのであったし、そしてこの決定は無論静止的関係ではあり得ないが、今もしこの決定をば決定という作用を作用する――WirklichesWirken――ことであると云うならば、相互決定の関係は一応は交互作用と呼ばれてもよいようである。けれどもそのような意味に於て交互作用を語るのであるならば、それは少しも方法・対象の相互決定を分析するものではなくして、却って一つのより蕪雑な概念――作用という――を用いて同語反覆するに過ぎないであろう。処でもし同語反覆以上のより積極的な内容を之に与えようとするならば、こんどはこの概念の使用の場合を取り違えていることに気付かなければならないであろう。というのは、その積極的内容ある交互作用とはカントに於てそうあるように、一つの範疇に他ならないであろう。という意味は、対象と対象との「関係」を構成する概念で夫はあるであろう*。処が吾々が求める関係は対象と対象との夫ではなくして対象と方法との夫であった。この関係にこの範疇を適用することはカントに於ても許されないことである。いうならばこの関係はカント的範疇を超越し之に先立つのでなければならない**。両者の相互決定の関係は既成の一範疇に包摂されて理解されるような部分的な事情ではないのであって、出来るならば却って一切の範疇をそこに於て統一的に理解せしめるような根本的な関係にぞくさねばならぬ***。それであるから今は交互作用――又はGemeinschaft――という概念とは独立に、この相互決定は分析されて行く必要がある。

透察の求められた普遍性は第一にそれがもつ包括的な性質に於て見出される。というのは総ての透察は常に何かの制限を持っているが、この制限が最も少ないものほど普遍性をもつことが出来るというのである。制限はその制限をもつ透察自身によっては自覚されないのが普通であるであろう、何となれば制限を意識することは制限を踏み越えたことに他ならないから。それ故この制限をもつ透察はこの制限を脱した他の透察によってその制限を指摘されても、必ずしも之を受け容れることが出来ず、ただ単に後者を反発するに過ぎない場合があり得る。処がその場合、実は後者がすでに前者を包括しているから、後者は前者を反発する理由を見ない、ただその制限を指摘するだけである。後者の透察はこの場合、より普遍的と考えられるのである。或る制限内に於ける諸問題を解き得ることは、一応、透察の資格を与えるであろう、併しそのような透察はその制限外に横たわる問題を解くことは出来ない。その透察は偏狭と考えられる。偏狭な性格をしかもたない透察であっても、その内に――その体系に於て――矛盾を含むとは考えられない時、一応の真理性はもつであろう。併しこの透察はまだ高い展望と広い領野とを支配しない。より包括的な透察がより普遍性をもたなければならない。包括的な透察は従って又多面的であるであろう。何となれば、より包括的ではない透察に較べて、それはより少ない制限――偏狭さを有つのであったが、そうすれば偏狭なる多くの透察を自分の一面とするような多面性を、それは有たなければならないわけであるから。かくて透察――それは性格的であった――の普遍性は第一にそれの包括性・多面性に存在する(論証であるならば、特殊の場合――それは制限されたる論証である――は、一般の場合――それは制限を脱却して拡張されたる論証である――に対して、反発するどころではなく、却って之に包摂されることを喜んで意識する筈である。論証に於ける偏狭は力を罩めて非難されるには値しないものとして現われるであろう。論証の真理性を保証する第一の標準は、理論の多面性――包括性――ではなくしてその厳正さであるであろう。然るに透察にとっては多面性こそ最も重大である)。

B――そうしよう。……それにもう夜明けだ。

併し、科学論に於て歴史概念が観念的概念に止まっているという事情は、科学論にとって偶然であるのではなくして、科学論そのものの動機から必然的に動機されているのである。科学論の歴史に対する関心は、専ら歴史記述がどうあるかに存在する。というのは、歴史的存在とも云うべきもの――それが現実的にはとりも直さず又社会的存在である――はとにかくとして、それよりも先に之とは独立に、歴史科学的概念構成がどうあるかが問題なのである。茲に科学論が、その問題提出の仕方そのものに於て、問題の観念的解決を約束しているのを人々は見ないであろうか。処が科学的概念構成として歴史科学の特色を求めるならば、当然自然科学の概念構成――法則を求める――の限界から出発しなければならないから、之に対して個別化が歴史科学の概念構成を第一に性格づけるものとして現われるのは必然でなければならぬ。歴史的存在そのものから出発せずして、一旦之とは独立に理解された限りの歴史学的方法から問題を提出すれば、科学論の理論の順序は必然に、この方法を個別化に於て求めさせる他は結果しないのである。かくて科学論の歴史概念が観念的概念に止まらないわけに行かず、従って科学論は歴史学的方法を個別化に求める他はなかったのである。之に反して今、もし歴史的存在の側から問題を提出するならば――そして之が社会的歴史観の理論の順序である――、それは必然に歴史に就いての現実的な解決を約束するであろう。そうすれば科学論の主張とは異って、歴史が法則を有つということもありそうなこととなるかも知れないのである。この法則は併し恐らく自然必然的な自然法則――それはリッケルトによれば反覆を意味した――ではなくして、ただ歴史的社会的存在に於てのみ見出され得るような歴史運動の原動力としての歴史的法則でなければならぬであろう。之が自然科学に於ける法則とその性質を全く同じにするということはあり得ないことであろう、それにも拘らず矢張り一つの法則と呼ばれねばならぬ関係でそれはあると想像される。歴史的法則は自然法則ではないと云ったが、そうであるからと云って又、それと単なる歴史的連関とは同じではないであろう。何となれば歴史的連関を如何に理解するかということがすでに歴史的法則を如何に把握するかに依存しているのであるから。さてこのような歴史的法則が実際見出されると考えられる時――例えば人々は之を歴史的弁証法に於て見出すと考えている――、歴史科学はもはや単に個別化をその方法とするのではなくして、又一つの法則科学として主張されることが許されるであろう。之を例えば歴史学から区別された単なる社会学として片づけることは出来ない、現実的な歴史概念はもはや社会概念から独立ではなかったから。

B――俺は悲しいのだ。

「あ、ラジオが聴こえてる」

当今では日本髪はほとんど影をひそめてしまったと言っていい。

女は襟巻を机の上へ乗せて、その方を背にして一方の蒲団の上に坐つた。哲郎もインバを足許へ置いてから、女と向き合ふやうにその青い地に何か魚の絵を置いたメリンスの蒲団の上に坐つた。
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