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十月十五日十月三十日にアナウンスするにきめた。
*例えば哲学に於て、優れたる体系は常に一つの方法である。何となれば体系とはこの場合、モザイックではなくして組織であるべきだからである。一例としてフィヒテのTathandlungの体系を取ろう。又優れたる方法は常に一つの体系である。何となれば、方法とはこの場合、一つの落想ではなくして秩序ある考え方であるべきだからである。一例として現代の現象学――それは一つの方法-ZudenSachenselbst“を意味する――を挙げよう。方法と体系との相互の運動を注意せしめたのは、恐らくヘルマン・コーエンであった。
第一部
これは小林の「エグモント」だつたんだ。僕は最近ゲエテの「エグモント」を讀んだが、あれを書いたゲエテの氣持が非常によく解つた。「ゲエテはデモンに憑かれてリリイとの戀に落ちた。もしその戀を遂げてしまつたら、ゲエテは自滅する他はなかつたらう。しかしゲエテはその一歩手前に踏み止つて、それと同じ道を最後の一歩まで行つて自滅するエグモントを書いて自分自身を救つた。」たしか鴎外がゲエテ傳の中でそんなことを書いていたと覺えている。
総論と特論とを一貫する叙述の方法は、方法概念の分析、によって得られる処の、方法概念の運動、の内に存在する。事物をその概念の運動に於て理解することは、事物を根柢に於て把握するに必要な道であるであろう。一般に、概念の分析とか概念の運動とかいう言葉が何を意味するかを、読者は実地に就いておのずから明らかにされるならば幸いである。
この批難は併し、直接には、少しもリッケルトに対する批難とはならない。何となればリッケルト自身、歴史的な作用の連関の記述を以て歴史記述の目的と見ているのだからである。個別的因果の概念の如きかかる連関に就いてこそ必要であったのである。却って彼は、一般に承認されているであろう処の歴史記述の今のこの目的の根柢に、価値関係づけという新しい関係を見出した点に於てこそ、独創的であったのである*。フリッシュアイゼン・ケーラーの批難は、リッケルト自身が述べているように、彼に対する誤解に基くと云うことが出来るであろう。併しながらこの誤解は決して無意味な誤解ではない、それは結局リッケルトの事実上示している一つの欠点を指摘する動機に基いているからである。リッケルトの科学論に於ては、歴史記述に就いてただ価値関係づけという規定だけが強調され、之に反して歴史的作用の連関という他の重大な規定は極めて軽んじられて見えることは事実である。処が作用連関の記述こそ歴史記述の現実的な規定でなければならない。というのは、価値関係づけという規定を指摘した処で歴史家の歴史記述に対して実際上の解明を与える余地は恐らく少ないであろう、之に反して作用連関の記述の仕方を指摘することは、それ自身実際的歴史記述の解明であるであろうから。人々は茲にリッケルトの歴史哲学とディルタイの夫とをその実際上の効果に於て比較して見るべきである。歴史記述のこの現実的な規定――作用連関――を特に強調しようとすることが、とりも直さずフリッシュアイゼン・ケーラーの批難の根本動機をなす。であるからこの批難は直接にはリッケルトに対する批難となることは出来ないが、それにも拘らず、間接に、結局は、科学論の一つの欠点を実質上指摘しているものでなければならない**。
ここに初期の人類は、自然の富饒の間に暖かい空気の下に、動物のような生活を送りながらも、なお多少環境を変更し、または他の肉食獣を避けもしくは欺くに足る知識もあり、非常な速度で繁殖することができた。そして血族関係から生じた各集団の人口が多くなって、互いに接触し衝突するようになれば、その集団は思うままに四方八方に移住した。かくして長い間、原始人類の間に、安楽と平和とが続いた。この時代が、昔からよく言う、いわゆる黄金時代であったのである。
河井さんを中心として幾多の少女が熱情を詩や文にもらした時代を思うと夢のやうです。私もあの頃は「文章世界」や「ハガキ文學」で妹と競爭的に書いたものでした。夢の國からわづかに世界を見て失望の極家を出ようとした時、仙臺で妹が離れ行く魂を書いたのもあの頃でした。いろんな事があります。併し今は何もいひたくありません。只七月上旬T少佐の妻として三年忌を務めたことを申上ればそれでいいのです。靜岡で息を引きとる枕べに坐つて、泣叫ぶ長女何にも知らぬ次女と長男、兄としての愚痴を許して下さい。妹は美くしい眉と瞳を持つていました。
「本当!」
「おう、おう、起きたか。」
われわれは先づ何をおいてもわれわれの生活を戦時体制におき換へなければなりません。
どの位の時間が経ったのだろうか。すでにフィルムの終了しているカメラは、まだ回り続けている。その音が次第に大きくなり、オレたちを現実に引き戻した。武田が少しだけ躊躇してカメラのシャッターを止めた。里奈のおふくろは、立ち上がって拍手をする。そして、里奈の肩に手をかけると耳元で何か囁いた。里奈は少し照れて、ありがとうと言った。ドアが開きスティービーが里奈のおふくろに会釈する。促されるように里奈のおふくろと里奈がドアの外へ出ていく。オレたちは二人に拍手をする。ゆっくりとした足どりで二人は部屋を出る。高野がオレを呼ぶ。ちょっと外の空気でも吸うか、と高野。オレはうなずく。
***ベンサムの“Chrestomathia-に於ける分類はその命名法に於てすでに非現実的である。例えばSomatology-Pneumatology-Posology-Poiology等々。この非現実的命名法が必要であったことは分類自身が非現実的であったことの症状と考えられないでもない。
赤井は思わず白崎の横顔を覗きこんだ。
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