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日本人の生活の黎明は、すなはち、わが光輝ある国体の顕現であり、また同時に、八方の敵を慴服せしめる一大威力であることを、お互にはつきり自覚いたさなければなりません。
加来ちよつと早見君……いいことを考へつきました。これはまさしくホルモンの変調……。わかりますか、ホルモンの変調……。兄貴にさう言つてくれたまへ。
*古典に於て、その学問の体系ではなくして正に方法が学ばれねばならないと考えられる理由が、茲にその必然性を享ける。而も特に方法が学ばれねばならないと考えられるのは批判的であろうためであった。それ故手法の末流的伝承は方法を学ぶ目的と相容れない。
生活の協同化とは、小にしては隣組、大にしては町内または部落、更に、一市一郡といふやうに、生活のある部分を、協力して築き営むことであります。協同献立、協同炊爨、協同託児所のごときがそれであります。これは、もとより、能率に関係があり、生産力拡充には最も必要なことでありますが、一方、国民の性格訓練としても、是非とも励行したいものであります。そこからは、現在われわれの社会生活に最も欠けている秩序の美と力とが養はれるでありませう。更にまた、日本人は、元来、人と一緒に働くことも遊ぶことも不得手であります。そのために、われわれの能力と価値とが百パーセント発揮されていないのが偽らぬ事実であります。そればかりではありません。生活の楽しい協同化は、ゆがめられた日本の家族主義を、健全に建て直す唯一の道であります。
加来いけない。それぢやまた、君は、覚悟のし直しをしなけれやならんよ。もういい、そんな気安めは言はなくつても、わたしは、この通り、平静なんだ。すこし喋りすぎるかもしれないけれど、これは、わたしの生命への唯一の執着だ。そして、自分がまだ生きているといふ、自分に対する保証にすぎないんだ。膝が冷たい。
途ぎれ途ぎれに、それは言葉のひとつひとつを探すやうでもあり、また、呼吸の切迫を堪へ忍んでいるやうでもある話し方で、加来典重は、枕もとに坐つている兄の雅重に、言葉をかけている。兄の雅重は、大きく腕組みをし、眼をつぶつたり、急に、カツと見開いたりして、ある感情の激発を強ひて抑へるような身構へでそれを聴いている。
予は之に對して同じ疑問より出發して、異つた結論に到達することになつたのである。即ち孔子以後儒家の人々が主として戰國の諸國に用いられ、各其國の用を爲している間に自然に曲學阿世の風を生じたものと看るのである。公羊學の成立は漢代に於ける曲學阿世の最明白なる證據と謂ふべきもので、單に公孫弘が武帝個人の意を迎へたのが曲學阿世であるのみならず、董仲舒が漢代に適合すべく春秋の學を解釋して、それに由つて百家を斥け學問の一統を圖つたのも半ば曲學の方針から出たことは疑ない。漢代に於て此の如く曲學阿世の風が行はれ、董仲舒の如き人物でさへも此の如き方針を取るに至つたのを見ては、其以前の儒家が一人も曲學を爲さなかつたとは信ぜられない。孔子の時代に於てさへ冉有や子路は各其の仕へた家の爲めに其操守を曲げたと言はれている。かゝる點より考ふれば、例へば魏の文侯、武侯の時に子夏の門流が西河に於て大きくなつたとか、齊の宣王王の時に學者が多く稷下に集つたとか、或は其以後呂不韋の爲めに學者が秦に招かれ、それが秦の博士として殘つていたとか、――伏生や叔孫通も其中の一人である――兎も角孔子以後に儒家の學者が大きな集團を作つた國々では、其等の學者が各其の仕へた國の爲めに其の學を曲げたといふことは勿論想像せられないことはない。今日の尚書は固より伏生から出たのであるが、伏生は秦の博士であつて、而して今の尚書の末篇が秦誓で終つている事などから考へ合すと、其間の消息が窺はれる。かゝる看方によりて考ふれば、甫刑が齊の勢力を代表し、文侯之命が晉の勢力を代表して夫々附け加へられたことも想像せられる。晉の勢力は後に三晉に分れた時魏に傳へられ、魏のことを普通に晉と呼んでいたことは孟子にても知られる通りにて、魏は晉の相續者と自らも考へ他からも考へられていた、それで文侯之命が儒家の晉國に用ひられていた時の産物たることは想像がつく。それでは、甫刑が齊國の産物たることは如何といふに、それは小島君の最近に發表した贖刑の研究にも言はれている所であるが、猶其他にも甫刑に含まれている思想で齊國を代表したと考へられる證據がある。それはやはり魏源が書古微の甫刑發微で論じている所である。曰はく
「モウガマンガデキナイ。ケフハクルマヲヒカセテミヨウ」
「すこし飲むんです、」
日支事変がはじまつて既に四年、しかもいはゆる聖戦の目的はまだその半ばをも達成してをりません。しかも、世界動乱の渦は欧洲大陸より太平洋に波及し、わが南北には文字通り、新たな国境――国を挙げて死守しなければならない明確な一線が地図の上に引かれたのであります。
「うん。しかし、蓄音機の前で浪花節を唸ったり逆立ちをしたり、徴発に廻ったりするのが立派な国民というわけでもないだろう」
この困難は併しながら、リッケルト科学論の理論的整合から見て、必ずしも致命的ではないであろう。なる程自然科学――それは普遍的法則を求める――は決して個々のものを排除しはしないであろう。併しそうであるからと云って、自然科学の法則が個別的なものを記述することにはならない。個々のものは成る程一般的なるものとしてではなく正に個々のものとして、法則の規制を受けるのではある、併しそれであるからと云って、個々のものの有つであろう個性が、個性として、法則の支配を受けるということにはならない。相異るもの――個々のもの――が必ずしも個別的なものではなかったことを人々は思い起こすべきである。個別的という概念によって理解されるべきものは実は常に、個性を有ったものでなければならなかった。処が個々のものは差異性をこそ持て、それだけではまだ個性を有ちはしない。問題は個性の有無であった。そしてリッケルトは、その概念規定がやや不適当であったとしても、とにかく量的個別性と質的個別性とを区別することによって、この区別を与えていたであろう。それ故例えば精神物理学が個別的なそして而も質的なものを取り扱うからと云っても、個別や質がこの場合個性的なものを意味しないからには、この科学が依然として自然科学にぞくすることを妨げはしないのである*。真に個別的なるもの――個性――は一定の価値に関係せしめられて初めて理解されるべきであった。かかる価値は自然科学の対象の規定に少しも与かる理由を見出さない。個別化はそれ故矢張り歴史科学にのみ特有であるのである。それであるから、自然科学は、その法則は、個別的なものを取り扱わない、というリッケルトの言葉は、一応誤ってはいないであろう。――ただ批難されなければならぬものと見えるのは、この言葉によって事実上暴露されている処の、自然科学的法則概念の理解の不充分さである。元来自然科学的概念構成の限界を決定することによって歴史科学の概念構成の特色を説明しようとするのが、科学論の理論上の手続きであったのであるから、この自然科学的概念構成の特徴として掲げられた法則概念がすでに不充分であることは、必然に自然科学的並びに歴史科学的概念構成の理論を薄弱にしないではおかない筈である。特に今は自然科学に就いて――歴史科学に就いては後を見よ――この弱点が恰も指摘されたのであった。
「二時間以内だッ」
私は名士だから問ふのださうだが、その名士だといふのも少し可笑しい。實は私自身ではまだ何一つ成功しているとは思はない。勿論今も何か成功しようとは心掛けている。今からだと思つている。それも空想に終るかも知れない。只ださう思つている丈は事實である。
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