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冬菜あなたはもう、そのことだけしかお考へになれないの?
存在は夫々の性格を有っている。存在の仕方とはこの性格であった。種々なる存在の性格の内、最も根本的な性格は何か。という意味は、吾々が存在を問うためには是非そこから出発せねばならず、従って種々ある他の存在の性格を之によってのみ理解し得るような唯一のparexcellenceな存在の性格は何か。ハイデッガーはDaの性格を有つ存在がそれであるという。私は今この言葉を借りることを有利と考える。そうすれば根本的存在はDaseinであると云うことが出来る*。吾々の始めの言葉を用いるならば、最も直接なものこそ之であった。さてDaとは世界に於てあることを意味する**。尤も世界という一定の領野が先ずあって何かがその世界の内に在るということを、之は意味するのではない。世界はこの場合却ってDa性格に基いて規定されるべき概念であって、Daから独立に単独に理解されてはならない。Daとは世界に内在するものの性格ではなくして世界そのものの性格――世界性――であると云って好い。世界ということがすでにDaなのである。このDaとしての世界は関心の世界である***。環境という言葉がそれを要求するように、世界に於てあることは関心されてあることであるが、関心に於てあるものは求められ却けられ、又肯定され否定されるであろう。かくて存在の内最も根本的な存在は関心に於て成り立たねばならぬこととなる。
専門のことは私にはよくわからないが、Aはずつと以前から老齢期特有の病気に興味をもち、小児科に対して、老人科とでも称すべき医学の新分野を開拓しつゝある篤学の士である。
**真理が形式的ではなくして云うならば内容的である時、真理は常に相対的と考えられる動機を有つ。この動機に従う相対主義をば、もし故意にピュロン的懐疑に帰せしめるならば、そのような批評それ自身が判断の回避の外ではない。
文学に於ても、特殊なものは、間接な表現によって強く表明されることが多い。
*Frischeisen-Khler-WissenschaftundWirklichkeit-S.164―175参照。
「私は電車に乗つて帰るのが惜いような気がするもんだから、かうしてぶらぶらと歩いてるんです、どうです、一緒に散歩しませんか、すこし遅いことは遅いが、」
[#改丁]
加来また、バッハのフーゲをかけてみてくれ。
一九三二・一〇
「あはは……」
久保田は花子にかう云つた。「少し先生が相談があると云ふのだがね。先生が世界に又とない彫物師で、人の体を彫る人だといふことは、お前も知つているだらう。そこで相談があるのだ。一寸裸になつて見せては貰はれまいかと云つているのだ。どうだらう。お前も見る通り、先生はこんなお爺いさんだ。もう今に七十に間もないお方だ。それにお前の見る通りの真面目なお方だ。どうだらう。」
二十九日午前中に、宮武が来る。原稿のこと、並、坪内ホームスのこと。
物理的空間は、測定の座標軸を意味した。それはその限り物理学的方法を提供する。処が又之は夫々測定されたる空間座標を意味した。従ってそれはその限り又物理学的対象となる。そして之はそのまま物理的時間に就いても繰り返えされるわけである。物理的空間も物理的時間も方法であると同時に対象である。この事情はミンコーフスキーの世界に於て愈々明白になって来るであろう。世界の変換軸――時間と空間――が測定の方法を意味することは誰にも承認されるであろう。この変換軸によって構成されるべき世界の内容が物理学的対象であることは、世界線の関係が物理的法則を意味することを見れば、明白となるであろう。何となれば世界線は、速度・加速度・力など――それは物理学の対象である――を意味し、その結合が法則――それも亦物理学の対象である――を意味するから。世界は方法であり又対象である。――さてこのような世界の概念は無論科学的手続きによって初めて成立する。従ってそれは必ずしも日常的な直接性をもたず、それであるから往々一つの擬制としてしか受け取られないということも生じて来るであろう。併し乍ら、之を吾々が理解しそれに意味を見出し、そしてそれに吾々の直観性を入れ込むことが出来るからには、ミンコーフスキーの世界が、何か吾々の日常的に通達出来る概念を解説しているからに他ならない。ミンコーフスキーの世界は自然的世界として日常的に理解されているものの科学的解明でなければならないであろう。それは自然科学的世界の、特には物理学的世界の、最も精密な表現でなければならないであろう。この言葉を証拠立てるために、ミンコーフスキーの世界が理論的に発展される時、益々物理的対象としての意味を持って来ることを明白にし、従って益々物理的世界を具体的に表現して行く処の、一例を私は今指摘出来るであろう。
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