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時計は十二時に十五分しかなかつた。彼は自分の物足りなさを充たしてくれる物は、上野の広小路あたりにあるような気がした。彼はすぐ広小路まで帰らうと思つた。さう思うとゝもに、彼の頭の一方に雨の日の上野駅の印象が浮んだ。その印象の中には赤い柿の実が交つていた。彼はその印象をちらちらさしながら勘定のことを考へた。
二十七日帰紐、夜逢って、リバーサイドを歩く。
午後の陽がだいぶ傾いた頃、その作家のところへ行った。期日などは少しも守らないことで有名な先生だ。そんな先生ほど私にとっては却って楽なのである。
「わたしじゃないわ。お父さんが淋しいんでしょう。」
一階の第一スタジオの前のホールで放送の済むのを待っていると、階段を降りて来た演芸係長の佐川が、赤井を見つけて、
どうやら、あなたのせいで歌が好きになりましたと、やっと甘い言葉が言えて、ほっとしたが、全身汗だらけだった。
専門のことは私にはよくわからないが、Aはずつと以前から老齢期特有の病気に興味をもち、小児科に対して、老人科とでも称すべき医学の新分野を開拓しつゝある篤学の士である。
生には広義と狭義とがある。僕は今そのもっとも狭い個人の生の義をとる。この生の神髄はすなわち自我である。そして自我とは要するに一種の力である。力学上の力の法則に従う一種の力である。
学問性の区別を見出すこと、これは方法論の名に値いする。何となれば、学問性こそ学問に於ける方法概念の最も根柢的な形態であったことを吾々は最初に決めておいたのであるから。
このようにして吾々が問う運動は否定を媒介とする。方法と対象の夫々の運動は相互の循環的な否定に基き、この否定を媒介として初めて可能な運動であった。処が吾々の否定という概念は又運動に根拠を置く約束であった。そして私は対象・方法の関係に於てこのような運動とこのような否定との離すことの出来ぬこの規定を指摘した。処でこのような規定を持つ一つの根本的関係は、弁証法と呼ばれることによって最も適わしい名称を与えられるであろう。弁証法という概念それ自身がすでに決して一定してはいない。そればかりではなく弁証法が一種類に限ると考えられる理由もない。併しながら今求められた規定は少くとも弁証法としてしか呼びようのない処のものであると思う。之が弁証法であると云って弁証法を説明しようとしているのでは今はない。そうではなくして、ある求められた規定を説明するのに弁証法の概念の或るものを用いようというまでである。弁証法は様々な問題提出の仕方に於て問われる。例えば之を論理の根本的な規定として、又形而上学的実在の規定として、吾々は問うことが出来る。私は今之を存在論的規定として求める。というのは、対象・方法の弁証法は存在論に於て初めてその地盤を発見するに違いない。もしそうでなければ今まで述べられたことは一つの砂上の楼閣であったかも知れない。
二十三日森田さんと岩本さんが来たので、Aを呼んで食事をすることにし、チョプスイに行き、かえりにゆっくりRiversideparkを歩く。
煙いや、わたしもかねがねこちらの先生とはご懇意にねがつていますが、理窟としては、それができても、情において忍びないような気がします。
アカデミイなき悲哀
「目の前にぴかつと閃いた。……私はすぐ伏せようとした。その時すでに窓はすぽんと破られ、猛烈な爆風が私の体をふわりと宙にふきとばした。私は大きく目を見開いたまゝ飛ばされていつた。窓硝子の破片が嵐にまかれた木の葉みたいにおそいかゝる。切られるわいと見ているうちにちやりちやりと右半身が切られてしまつた。右の眼の上と耳のあたりが特別大創らしく、生温い血が噴いては頸へ流れ伝わる。痛くはない。目にみえぬ大きな拳骨が空中を暴れ廻る。寝台も、椅子も、戸棚も、鉄兜も、靴も服もなにもかも叩き壊され、投げ飛ばされ、掻き廻され、がらがらと音をたてて、床に転がされている私の身体の上に積み重なつてくる。埃つぽい風がいきなり鼻の奥へ突込んできて、息がつまる。私は目をかつと見開いてやはり窓をみていた。外はみるみるうす暗くなつてゆく。ぞうぞうと潮鳴の如く、ごうごうと嵐の如く空気はいちめんに騒ぎ廻り、板切れ、着物、トタン屋根、いろんな物が灰色の空中をぐるぐる舞つている。あたりはやがてひいやりと野分ふく秋の末のように、不思議な索莫さに閉ざされて来た。これは唯ごとではないらしい。」
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