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加来みんな揃つてるぢやないか。冬菜、心配しなくつてもいい。わたしは、もう、なにもかも知つてるよ。いや、知つてるといつては、不正確だ。推定している。わたしは、もう助からんのだ。命、旦夕に迫つているのだ。

看護婦昨夜からひと言もおつしやらず、うとうとしていらつしやいます。こちらの申しあげることは、よくおわかりになるやうでございます。

「今、司令部から電話掛って来て、あわてて駈けつけて行きやがった。赤鬼みたいに酔っぱらっとったが、出て行く時は青鬼みたいに青うなっとったぜ。どうやら、日本は降伏するらしい。明日の正午に、重大放送があるということだ」

*ベーコンの四つの偶像が――批判はかかる偶像の破壊であるが――、何れも人間の規定から由来していることは、注意に値いしない程当然である。処がこのような人間的規定は社会的規定によって代表される。そこで社会に固有な偶像性が吾々の云う虚偽性なのである。

併し私は、学問界の伝習的な一つの話題として、吾々のこの問題を取り上げることを好まない。又移り変ることなき絶対的な問題の一つとして之を提出し得ようとも思わない。ただ吾々にとってそして今日、この問題が重大な意味を有ち又有力な効用を約束するであろうことを、吾々は期待していると私は信じる。私の不完全な処女作も専らこの期待に立脚しているのである。私の個人的な不完全さが、この問題に対する公共的な期待を傷け得ないということは、明らかである。

哲学と科学との区別を特に提唱する必要があるかないかは、その時代々々の学問の史的条件によって決定せられるであろう。科学が偏狭にして大胆なる形而上学となる時、又哲学が固定した原理を以て生きた事実を強制しようとする時、叫ばれるものは哲学と科学との相互の根本的な限界である。之に反して、科学が或る与えられた手法に堕して普遍的展望を失った特科の学となる時(それは悪い意味に於て言葉通り科学である)、又哲学が科学の取り扱うに適わしいような事実から純粋となることによって実は空疎にして不毛な思弁としてしか見出されない時、両者の衒学的区別は批難されねばならないであろう。さて人々は現在、この二つの場合の何れに於て自らを見出しているか。併し吾々にとっては――学問の現実的な分類を求める吾々にとっては――、科学と哲学とを区別すべきであるか無いかは、当面の問題とはならない。二つのものの区別を提唱する人々も、区別の撤廃を要求する人々も、同じく、現在に於ける二つの学問が事実上区別され、或いは区別されるものと事実上考えられていることを、その出発点としている。吾々にとって必要なのは正にこの事実――区別の事実――であって、まだその区別の是非ではない。それに、現に今吾々が試みようとしている学問の分類という問題は、特殊なる夫々の所謂科学が取り扱うことの出来る問題ではない。何となれば二つの科学の関係――この関係の一つが両者の区別である――の考察は、無論二つの夫々の科学からでは決定出来ない筈であろうから。そうすれば学問の分類は、夫々の科学ではなくして、云うならば科学の科学によって、初めて正しく取り扱われることが望まれる。そして科学の科学、それを哲学と呼ぶことは恐らく不都合ではない。科学と哲学との区別という事実は今の吾々にとって茲に厳存している。

第三の批難。歴史科学が取り扱う概念は個別化されたるもの、個性、であったが、個性とは実は価値へ関係づけられたる限りの個物を意味するものとして理解された。歴史科学的概念構成の性格は価値関係づけであると考えられた。併しながら、所謂価値関係づけだけによっては、歴史科学的概念構成の性格は明らかにされず、又価値関係づけがそれの最も重大な特色であるのでもない、之がフリッシュアイゼン・ケーラーの第三の批難である。歴史科学的記述は、個物のもつ多様の性質の内から特に価値に関係づけられて取り出された特定の性質だけを記述することである、と云うのが誤りであると云うのではないが、歴史科学にとって重大な関心となるものは、単に歴史科学が今述べたように記述するものであるという主張ではなくして、如何なる手続きを経ることによって歴史科学がかかる記述を現実的に行ない得るかにあるであろう。なる程価値へ関係づけられることによって歴史科学的統一の準備は整ったであろう。併し単に価値へ関係づけられただけの対象はそれだけではまだ実際の統一を有ってはいない。例えば歴史家が実際に、或る歴史的人物の個性を記述するとしよう。彼はその人物の全体を標準としてその部分となるべき一切の行動や表現を材料として選択しなければならない。この場合材料の選択はそれがこの全体の有つ内部的連関を明らかにする材料として役立つように行なわれるべきである。この選択は価値へ関係づけて行なわれるには違いない。併し選択しただけではまだ実際の記述ではない、現実の記述は、この材料を如何にして全体と部分の連関として関係づけるかという、現実的な問題の内に存する筈である。故に価値へ関係づけるという性質を特に指摘して見た処で、歴史的部分相互の、又部分が全体に対する、連関の実際上の分析には、少しも現実的に寄与することを得ない。歴史科学的概念構成の特色はそれであるから、単に価値関係づけであると云うことによっては現実的には明らかにされ得ない。そうすれば次に、価値関係づけは第二段として、特に云い立てる必要のないものとしてしか意識されず、之に反して歴史的全体と部分とを連関せしめる現実的な方法が、第一義的な問題となって、歴史科学的概念構成を性格づけると考えられることは自然であるであろう。価値関係づけという規定はこの時次第に無視される結果を招き、従って例えば「自然科学的な意味に於て構成され得る特徴を与えるのでなければ、どのような特殊の事物の記述も不完全である」というような点が力説されることとなり、そして却って之が、価値関係づけだけでは歴史記述の解明として不充分であることの証拠と考えられるに至るであろう。又例えば価値関係づけとは、歴史家にとって単に、歴史的全体――歴史的普遍概念――の内容へ歴史的事件を従属せしめることを意味するにすぎない、とも考えられるに至るであろう*。そうすれば歴史記述の特色はもはや価値関係づけではなくして、例えば、目的乃至作用の連関の記述になければならないと考えられるのも必然であろう**。

方法の問題は実践的課題である。吾々が学問を――今は問題を学問の範囲に限っている――実際的に、即ち単なる関心なき一つの既成の存在としてではなく、吾々自身が現実的に交渉を有とうと欲する処の一つの営みとして、遂行しようとする時、初めて方法の問題は発生する。このような動機から発生しないこの同じ問題は、実は真面目に相手にされるだけの誠実を有つものではないであろう。たといそれを論じる論調と論構とが、どれ程荘重であろうとも、尤もらしさを真実から区別する必要に常々迫られている人々にとっては、之は一つの虚偽の他ではないかも知れない。方法の問題は実践的動機に於て成り立つからして、この問題に於て初めて正当に問題となり得る処の方法概念は又、実践的動機を内に含んでいなければならない筈である。単に、方法とは何であるか、に就いての向の理論的な視角に於てさえ、実際吾々がすでに見たように、方法と対象との存在論的交渉として、実践的動機が現われていなければならなかった。

と判ると、いきなり胸倉を掴んだ。

科学方法論という名によって呼ばれる顕著な課題の意識を促した功績は、主としてリッケルトの科学論に帰せられなければならないが、この科学論それ自らは、科学方法論一般の一つの特殊の場合に過ぎないであろう。それは方法概念の運動に於て、その上限と下限として、科学の学問性の考察と科学的世界の基礎の省察とに接しており、その発生の動機に於ては科学の分類から糸を引いている。そして之が提出する問題は、現在重大な一つの問題として、社会科学の問題と相隣りしているのである。科学論はこのようにして科学方法論一般の云うならば網の上に懸っている処の一理論である。処が更に、科学方法論それみずからが又一つの網の上に懸っているものに他ならないであろう。というのは科学方法論は科学に就いての特に方法を中心とした中枢的な理解であったから、それは一般に学問論――これを向の科学論から区別しよう――の一つの特殊の場合に過ぎなかった。科学方法論は科学論の内に於て一定の限られた限界を与えられている。そしてこの限界に隣るものは、例えば真理の理論、認識又は知識の理論、又学問の社会的機能の考察、等々であるであろう。科学方法論は特殊の学問論に過ぎない。

先生は拳固で食卓を叩いて調子を取った。

「やられたよ。田舎へ引っ込もうと思ったんだが、お前が帰って来てうろうろすると可哀想だと思ったから、とにかく建てて置いたよ」

加来できる。できない筈はない。四紋とネラ子をここへ呼びなさい。

細木原稿なら、もう少し待つてください。
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