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良人は今にして何も思うことなからん、また有るべき筈もなし、我れひそかに佳人Rの死をいたむこと切なり。

という返事である。

自然科学的概念は普遍的である。何かの意味に於て普遍的でない概念は在り得ないと云うならば、この場合の普遍は共通を意味すると云うべきである。異質的にして非連続的なるものとして通達し得るようになった実在――それはなお見渡し尽せないほどの多様である――の凡てから、夫々の実在に固有であって他の実在には欠けているような点は之を捨て、ただ凡てに共通な点だけを選択することによって構成されたものが、普遍的な自然科学的概念である。この概念の云い表わす任意の対象はそれ故、他の凡ての対象と異る特色を有つが故に対象となり得たのではなくして、他の凡ての対象の見本としての資格を有つが故に初めて択ばれたのである。このような普遍的概念は一般化によって成立すると云わなければならない。そうすれば自然科学に於ける概念構成――その方法――は一般化でなければならない。

二十九日午前中に、宮武が来る。原稿のこと、並、坪内ホームスのこと。

○レークジョージ○メゾンファシール、○チョプスイ。

かつこの境にある間、かの征服の事実に対する僕の意識は、全心的にもっとも明瞭なる時である。僕の自我は、僕の生は、もっとも確実に樹立した時である。そしてこの境を経験するたびごとに、僕の意識と僕の自我とは、ますます明瞭にますます確実になって行く。生の歓喜があふれて行く。

最初、方法概念は対象概念に対立した(第一部)。そして方法概念はそれに固有な実践性故に、対象概念を実践的に優越しなければならなかった(第二部)。今度は方法概念の実践的動機を追跡することによって、学問性概念の分析に溯り、学問性として方法概念が体系概念に対立することを見た(第三部)。そして方法概念は再びその実践性の故に――但し今度は前とは異って学問性概念が媒介した実践性の故に――、体系概念を優越したのである(第四部)。――さてこのようなものが方法概念の運動でなければならない。この概念の、この運動の、分析が、ただ実践的世界の構造――それは存在論的であった――からのみ始まり又之に於てのみ終ったことを注意しておこう。

今は黙っているけれど、センチになってるんじゃない。腹立たしいのだ。怒っているんだ。そしてどうやら、悲しいのだ。

そんな混雑した汽車の片隅に、白崎と赤井の二人は、しょんぼりと浮かぬ顔でうずくまっていた。

学問に於ける方法概念の動機――それは実践的である――の最も根本な源は、学問に於て方法が何故求められねばならないか、にある。方法が何であるかとか、如何にして求められるかではなくして、何故に求められねばならないか、である。無論学問に於て方法が何かの理由によって必要であればこそ方法が実践的に要求されるのである筈であるが、その理由は何か。この問いに向って、この動機の溯源が吾々を導いて来る。そして之に対する答えは一応すでに明らかである。学問はその対象を研究するためには是非とも方法によらなければならない、方法とは対象に至る道であった。言葉を換えて云うならば、学問が学問であろうためには是非とも方法を求めなければならないのである。そして学問――この概念は普通知識又は学殖として理解せられる――が学問であろうための、その威厳が要求する処のものを云い表わすもの、之を吾々は一応学問から区別して、特に学問性(科学性)という概念を以て呼ぶことが出来る。学問性とはそのような要求を云い現わし従ってその限りこの要求によって要求される必要なるものの成立の動機となることが出来る概念である(常に概念は動機づけられたものであると同時に要求されたものである、この意味に於て概念は常に理念であるということが出来る)。そして学問性という概念・理念のもつこの要求によって必要とされ、この動機によって動機づけられたものが、正に方法概念なのである。故に方法概念成立の実践的動機は正に学問性の概念に在らねばならない。方法概念の分析は、根本に於て(即ちその実践的動機に於て)、学問性概念の分析であるのである。――之が吾々の方法概念分析の課題の最後の形態となるであろう。

そのことを言うと、白崎は頭をかいて、

父子は愉快そうに笑っていた。

昼間の出来事で溜飲は下がったものの、しかし、夜の道は暗く寂しく、妻や子は死んでいるのか生きているのかと思えば、足は自然重かった。

加来もうそれには及ばないよ。今夜、十二時までどうかといふところだな。
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