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大里僕はその任ぢやない。専門がまつたく違ふんだ。
去年の冬であつた。私は非常に憂鬱であつた。身も世もなく憂鬱であつた。真夜中に至るに伴れて私のそれは私の魂をも奪つた。私は、何うする事も出来なくなつて、床の間に人型を作つて飾つてある鎧を身につけ、面当を被り、冑も執つて、真夜中の床の間に幾時間も凝つと模型になつていることがあつた。そして吾身の、此世に在ることを、せめても忘れたかつた。――
ヴントは、自然科学と精神科学――この分類は対象に基く――との各々を第二次的に、現象論的・発生論的・組織論的に分類するに当って、もはや対象ではなくして方法を標準としていることが見出される。或る対象を記述する方法によるものは組織論に、之を説明する方法によるものは現象論に、そして其の中間に位いするものが発生論に該当するものだからである。吾々は恰も之と同一の分類をすでにプルドンに於ても発見する。プルドンは――そのも一つの分類原理を問題の他として(前を見よ)――記述的学問と、変化・進歩等を論じる学問と、法則を見出す学問との、三つを区別した。下って例えばDeRobertyは観察の仕方の相違によって四つの学問を分類した、直観による諸学問・単純なる観察による夫・実験によるもの・記述による諸学問、等がそれである。併しこのような例を一つ一つ挙げるならば恐らくそこには際限がないであろう。何となればこの種の方法による分類は、対象の相異による先の分類に劣らず普通一般に行なわれるものに過ぎないからである。現に人々は之に似て、記述科学と説明科学とを区別するのが常であるであろう。それはこの種の方法による分類の他ではない。併し「この種の方法」とは何か。それは学問的概念構成以前に横たわる処の其の意味に於て常識的なる対象、に対する意味での方法を示す。かかる方法が恰も形式論理学の方法論に於て取り扱われるようなそのような方法概念を云い表わしたことを吾々は思い起こそう。之は方法概念の最も原始的な形態に過ぎなかった。そしてこの方法概念は対象概念に向って運動しなければならなかった事実をも亦思い起こそう。対象概念へ向って運動しつつある方法概念、之は学問構成後の対象に対応する処の方法概念――概念構成としての方法――であった。今やこの意味での方法によって学問は分類されることが、必然的になって来るのである。そしてこれはとりも直さずリッケルトの科学論によって与えられた(リッケルトの科学論に就いての細かい考察は後に譲る)。
しかし、小ブルジョアジーの世界観の枠内にとどまっている以上、思索する「自我」を救い出し発展させる可能はない。
B――同じのようで正反対かも知れない。
その間にこれらの各集団は、その共通起原の伝習も痕跡も失って、各々違った言語や風習や宗教を持つようになり、まったく異なった種族を形づくってしまった。そして各種族は互いに接蝕するごとに、衝突となり戦争となって、残酷な仇同士となった。
生には広義と狭義とがある。僕は今そのもっとも狭い個人の生の義をとる。この生の神髄はすなわち自我である。そして自我とは要するに一種の力である。力学上の力の法則に従う一種の力である。
とにかくむかしのひとの髪の長かったことは、大体その人が立って、なお髪の末が四、五寸くらい畳を這うのを普通としていたのである。
「芸術家の夫に与ふる」といふような手紙を書くつもりなのでしたが。
加来お互の年になつてかういふ話もどうかと思ひますが、まあ誤解しないで聴いてください。僕は、いつも言ふ通り、わりに兄さんを尊敬している。軍人のなかでも、兄さんは例外の一人だとさへ思つているくらいだ。さういふ兄貴の前で、自分の恥さらしみたいなことを喋る気になつた、その動機を正確に判断してもらへればいいんだ。ただ、軽くなりたいんです、軽く……。
そう思うと、白崎の眉はふと曇ったが、やがてまた彼女と語っている内に、何か晴々とした表情になって来た。
*Physica-184a16参照。
加来ねえ、冬菜……。ひとりつきりかい、君……。
冬菜そんなもの、来なくつたつていいわ。あたしだけが、ずつとおそばについててはいけないかしら?
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