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*歴史記述が現代への関係によって制約されることは多くの歴史家の主張する処である。吾々は例えばクローチェを取ろう。彼によれば歴史は夫々の時代の思想・哲学に基いて記述されるべきである。

往古は(今でもそうであるが)女の子の前髪がのびて垂れてくると、額のところで剪ってそろえた。

燈それは関係はあるまい。

前から君に「オフェリヤ遺文」のことを何か書けと言はれているので、何か書かう書かうと思つていたが、この頃僕は非常に混亂した氣持でいるんだ。それで、「オフェリヤ遺文」を書きながら小林が行つていたような、あんな遠いところまで、とても今の僕にはついて行けさうもない。

「いや、お言葉はありがたく頂戴しまっけど、どうも、人を笑わすいう気になれまへんので……」

哲郎は電車に揺られてうつとりとなりながら女のことを考へていた。その女の中には彼の洋画家の細君であるといふ女の、想像になつた長い骨を青白くゝるんだ肉体も浮んでいた。

*ベーコンの四つの偶像が――批判はかかる偶像の破壊であるが――、何れも人間の規定から由来していることは、注意に値いしない程当然である。処がこのような人間的規定は社会的規定によって代表される。そこで社会に固有な偶像性が吾々の云う虚偽性なのである。

当今では日本髪はほとんど影をひそめてしまったと言っていい。

と言ひ、又宋翔鳳の尚書譜には

二十六日L.A.を立ち、サンフランシスコ着

A――そうさ、俺は嬉しいのだ。

細木わりによく話されます。心臓がもう極度に弱つている筈なのに、どうしてあんなに呼吸がつづくかと思うくらいです。

方法概念はその第三の形態として、科学的世界の基礎を意味した。ここに於ては方法と対象との合致が、即ち対象としての方法概念が、最も徹底的に現われる。それを吾々は初めに述べておいた。さてこの科学的世界の基礎を考察することが、之から吾々がとり扱おうとする方法論の任務となる。処で科学的世界とは何か。併し世界とは何か。

人々は普通、一般に因果と合法則性――それは普遍的であった――とを同一に考える。併し因果関係が、経験的に実在するものでなければならない以上、一般にそれは普遍的ではなくして個別的である他はない。経験的実在は個別的――異質的――でしかなかったからである。実在に於ける因果関係はそれ故個別的因果でなければならない。歴史的発展の段階相互の関係に於て、又歴史的事件とその環境との関係に於て、見出される因果関係、それは又この個別的因果関係であるのである。個別的因果を具えた事実(実在)をその個別的因果に於て把握し得るものは自然科学ではなくしてただ歴史科学だけでなければならない。歴史科学が歴史的全体と部分との連関を明らかにし之を云い表わすためには、この因果関係を跡づけなければならないのである。併し歴史家はこの場合単に原因結果の時間的継起を指摘するだけではなくして、この反覆し得ない個別的原因が、この反覆し得ない個別的結果を惹き起こさねばならないというように、一つの必然性を見出す必要があるであろう。この必然性なくしてただ二つの事件の時間的な前後関係を指摘しただけでは少しも科学的意味を得ることは出来ないからである。処がこの必然性を見出すためには、結果と見做されるべき個別的事物を、まずそれに結合している諸々の普遍的な要素に分解し、次に之をば原因としての事物の同じく普遍的な要素に結び付けるのでなければならない。即ち個別的因果を必然的なるものとして指摘するためには、普遍的因果を迂回した上で、個別的原因が個別的結果を惹き起こすことを跡づける必要があるのである。かくすれば、個別的因果の指摘は必然に因果法則を必要とすることとなるであろう。然るに法則は一般化に固有であった。個別的因果を用いねばならない歴史科学はそれ故、もはや単に個別化ではなくして一般化に含まれて了うことになりそうである。かくては歴史科学も自然科学から区別される今まで見た唯一の特徴を失って了わなければならないようである。併し個別的因果を指摘するために必要な普遍的因果――因果法則――は、要するに一つの迂路に外ならなかった。という意味は、因果法則の追跡がこの場合、歴史科学の目的であるのではなくして、ただその目的を達成するために必要な一手段で夫はあるのであった。因果法則は個別的因果の追求という目的の手段としての意味しか持たない。歴史科学は個別的因果に於て、個別的なるものを取り扱うことをその目的としている。その手段として或る範囲の一般化――因果法則のような――は用いるであろう、併し自然科学に於てのように、この一般化がその目的であるのではない。歴史科学の概念構成は、この意味に於て、矢張り個別化である。
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