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細木しかし、先生の、さういふところが、僕は好きだなあ。決して、ただのセンチメンタリズムぢやないと思ひます。

加来ねえ、冬菜……。ひとりつきりかい、君……。

画かきや作家等は一ヵ月の収入が不定だから、毎月の収入を届け出て、それに依って毎月家賃でも凡ての生活費の支弁率が変って来る。例えば作家クラブ等では、団体に属している作家は半額で食堂の食事が食べられる、五ルーブルの食事が二ルーブル半で出来る。その他金融、健康保護、休みの家、時には作家の家族の生活保証まで特種な組織があってやっている。

*学問性に就いて深さと厳正とを対決せしめたものは例えばフッセルルがディルタイに対して与えた批評である。吾々にとっては併し、批難されるべきものは深さそのものではなくして非方法的な深さに他ならない。又厳正なる方法のみが代表的な学問性であるとも考えられない――後を見よ(Husserl-PhilosophiealsstrengeWissenschaft-Logos.参照)。

そちらのお座敷にはもうそろそろ西陽が射す頃で御座いませう?鋭い斜光線の直射があなたのお机のわきの磨りガラスの窓障子へ光の閃端をうちあてると万遍なくお部屋の内部がオレンヂ色にあかるくなりますのね、そしてにわかに蒸暑くなるのでせう、あなたは急に汗を余計お出しになる。でもあなたは、それがどういふ理由からだか分らないやうに余計出れば、何の気なしに余計に拭くといつたような具合ひに、他愛もなくあなたの丸い細い顎のあたりを傍らの有合せのタホルで拭き取りながら、せつせと書きものゝお仕事をなさる――それからそんな時、あなたの窓の外の松のみどりが一層、穂先きをあざやかに立てゝそしてそのぱちぱちの線が、またあなたの窓の磨りガラスへ程よくぼけて、あなたの汗を拭きとつた黄白いなめらかな頬へ、それから柔かい素直な分け髪へほんのりと青く反射する――おや、わたくしは何を書き出したことでせう。

白崎はそう呟いた。

病人――夜が明けたようだね。

看護婦昨夜からひと言もおつしやらず、うとうとしていらつしやいます。こちらの申しあげることは、よくおわかりになるやうでございます。

この批難は併し、直接には、少しもリッケルトに対する批難とはならない。何となればリッケルト自身、歴史的な作用の連関の記述を以て歴史記述の目的と見ているのだからである。個別的因果の概念の如きかかる連関に就いてこそ必要であったのである。却って彼は、一般に承認されているであろう処の歴史記述の今のこの目的の根柢に、価値関係づけという新しい関係を見出した点に於てこそ、独創的であったのである*。フリッシュアイゼン・ケーラーの批難は、リッケルト自身が述べているように、彼に対する誤解に基くと云うことが出来るであろう。併しながらこの誤解は決して無意味な誤解ではない、それは結局リッケルトの事実上示している一つの欠点を指摘する動機に基いているからである。リッケルトの科学論に於ては、歴史記述に就いてただ価値関係づけという規定だけが強調され、之に反して歴史的作用の連関という他の重大な規定は極めて軽んじられて見えることは事実である。処が作用連関の記述こそ歴史記述の現実的な規定でなければならない。というのは、価値関係づけという規定を指摘した処で歴史家の歴史記述に対して実際上の解明を与える余地は恐らく少ないであろう、之に反して作用連関の記述の仕方を指摘することは、それ自身実際的歴史記述の解明であるであろうから。人々は茲にリッケルトの歴史哲学とディルタイの夫とをその実際上の効果に於て比較して見るべきである。歴史記述のこの現実的な規定――作用連関――を特に強調しようとすることが、とりも直さずフリッシュアイゼン・ケーラーの批難の根本動機をなす。であるからこの批難は直接にはリッケルトに対する批難となることは出来ないが、それにも拘らず、間接に、結局は、科学論の一つの欠点を実質上指摘しているものでなければならない**。

「あッ、なるほど、こりゃうっかりしてました。もしもし、じゃ、杉山さんにお言伝けを……。あ、もしもし、話し中……。えっ?電熱器を百台……?えっ?何ですって?梅田新道の事務所へ届けてくれ?もしもし、放送局へ掛けてるんですよ、こちらは……。えっ?莫迦野郎?何っ?何が莫迦野郎だ?」

科学と哲学とのこの事実上の区別は、無論何かの根拠に基く。私は向にさし当り三つの根拠を見ておいた。今この根拠の是非に就いて論じることは避けよう。又これ等の根拠に取って代るべきより根本的な根拠を指摘するに適当な機会では、今はない。ただ両者が事実区別され又され得ると考えられていることに就いて、その一応の根拠の幾つかが指摘されたから、吾々は学問をまず第一に科学と哲学とに分類する権利を、得ることが出来たわけである。

二人は早速いそいそと松尾家を訪問した。ところが、

赤井は思わず白崎の横顔を覗きこんだ。

加来もう、いい、わかつた。お前が泣いちまつちや、なんにもならんよ。それで、早見は、今度は、いつ来るんだ?
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