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一九三二・一〇
四月十六日(雪)つもった雪。夜第三木曜会。同時にEarlHallに於て尾崎行雄の演説がある。其をききに行きたい人もあるので、どちらにするかと云うことが少し問題になり、結局、Earlに行く。矢田夫人に会う。今日まで何うしても会えなかった和田が野中夫人と来て居るのを知る。帰りに歩き、ミスWellsと吉田に道で会う。
蚤と蚊とは声をそろえて答えました。
早見失礼ですが、先生はなにか、信仰がおありですか?
日本の映画ファンも、外国映画の異国情緒は別として、真に俳優の演技に心を惹かれるやうになれば、必ず舞台への関心を呼び覚まされ、その時はじめて、「新劇」はなにをしているのかといふ疑問を起すであらう。
そして、小声で落語を語りだすと、ミネ子ははじめ面白そうに聴いていたが、しかし直ぐシクシクと泣きだした。赤井の声も次第に涙を帯びて来て、半泣きの声になり、もうあとが続かなかった。そんな心の底に、生死もわからぬ妻子のことがあった。
透察は性格的であった、少くともそれは個人の性格乃至個性によって与えられる。併しどのような場合に於ても、個人は独存の個人であることは出来ないし、又そうあってはならないであろう。少くとも個人が透察的である時、個人はまず第一に歴史社会に於ける存在でなければならない。この時個人は独よがりであることを許されない。そればかりではなく個人は常に時代的錯誤と地方的錯誤――Provincialism――とからさえ警戒される必要を有つであろう。茲に透察は或る普遍性を要求されている。尤も透察であっても無論正確な分析によらねばならないのであるから、この正確性に於ける限りの普遍性を有たねばならないことは当然であるが、併しそのような正確性は分析の結果による超個人的な同一を必ずしも約束するものではなかった。であるから今は、之を他にしてなお、之より一層重大にして必要な或る超個人的な普遍性を透察は要求されているのである*。
このようにして吾々が問う運動は否定を媒介とする。方法と対象の夫々の運動は相互の循環的な否定に基き、この否定を媒介として初めて可能な運動であった。処が吾々の否定という概念は又運動に根拠を置く約束であった。そして私は対象・方法の関係に於てこのような運動とこのような否定との離すことの出来ぬこの規定を指摘した。処でこのような規定を持つ一つの根本的関係は、弁証法と呼ばれることによって最も適わしい名称を与えられるであろう。弁証法という概念それ自身がすでに決して一定してはいない。そればかりではなく弁証法が一種類に限ると考えられる理由もない。併しながら今求められた規定は少くとも弁証法としてしか呼びようのない処のものであると思う。之が弁証法であると云って弁証法を説明しようとしているのでは今はない。そうではなくして、ある求められた規定を説明するのに弁証法の概念の或るものを用いようというまでである。弁証法は様々な問題提出の仕方に於て問われる。例えば之を論理の根本的な規定として、又形而上学的実在の規定として、吾々は問うことが出来る。私は今之を存在論的規定として求める。というのは、対象・方法の弁証法は存在論に於て初めてその地盤を発見するに違いない。もしそうでなければ今まで述べられたことは一つの砂上の楼閣であったかも知れない。
「やア。到頭トランクの主が見つかった」
「方法概念の分析」(その一)(その二)の二篇は、雑誌『哲学研究』に載せた文章を多少書き改めたものである。
「わたしなりますわ。」きさくに、さつぱりと答へた。
先生は私の名刺[#「名刺」は底本では「名剌」]に眼を落しながら、はたと言葉を切って、私の顔をじっと見つめた。余り長く見つめられ、私は固くなって、顔を伏せた。先生はまだ見つめている。それからふいに笑いだした。
**従って歴史的記述は変化し得る――歴史的に――性質を有つ(次を見よ)。
またこの人類同士の闘争と利用とは、人類がその周囲と闘争し、その周囲を利用することに著しき障礙を来さしめた。
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