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哲学と科学との区別を特に提唱する必要があるかないかは、その時代々々の学問の史的条件によって決定せられるであろう。科学が偏狭にして大胆なる形而上学となる時、又哲学が固定した原理を以て生きた事実を強制しようとする時、叫ばれるものは哲学と科学との相互の根本的な限界である。之に反して、科学が或る与えられた手法に堕して普遍的展望を失った特科の学となる時(それは悪い意味に於て言葉通り科学である)、又哲学が科学の取り扱うに適わしいような事実から純粋となることによって実は空疎にして不毛な思弁としてしか見出されない時、両者の衒学的区別は批難されねばならないであろう。さて人々は現在、この二つの場合の何れに於て自らを見出しているか。併し吾々にとっては――学問の現実的な分類を求める吾々にとっては――、科学と哲学とを区別すべきであるか無いかは、当面の問題とはならない。二つのものの区別を提唱する人々も、区別の撤廃を要求する人々も、同じく、現在に於ける二つの学問が事実上区別され、或いは区別されるものと事実上考えられていることを、その出発点としている。吾々にとって必要なのは正にこの事実――区別の事実――であって、まだその区別の是非ではない。それに、現に今吾々が試みようとしている学問の分類という問題は、特殊なる夫々の所謂科学が取り扱うことの出来る問題ではない。何となれば二つの科学の関係――この関係の一つが両者の区別である――の考察は、無論二つの夫々の科学からでは決定出来ない筈であろうから。そうすれば学問の分類は、夫々の科学ではなくして、云うならば科学の科学によって、初めて正しく取り扱われることが望まれる。そして科学の科学、それを哲学と呼ぶことは恐らく不都合ではない。科学と哲学との区別という事実は今の吾々にとって茲に厳存している。
二十日Newオルレアンス着、黒人、綿。七時発。立つとき、金を貰いに来た男が、拒まれて、何かすて科白を云う。
過去の生活は食つてしまつた飯のようなものである。飯が消化せられて生きた汁になつて、それから先の生活の土臺になるとほりに、過去の生活は現在の生活の本になつている。又これから先の、未來の生活の本になるだらう。併し生活しているものは、殊に體が丈夫で生活しているものは、誰も食つてしまつた飯の事を考へている餘裕はない。
立花崩し、裏銀杏、芝雀、夕顔、皿輪、よこがい、かぶせ、阿弥陀、両輪崩し、ウンテレガン、天保山、いびし、浦島、猫の耳、しぶのう、かせ兵庫、うしろ勝山、大吉、ねじ梅、手鞠、数奇屋、思いづき、とんとん、錦祥女、チャンポン、ひっこき、稲本髷、いぼじり巻、すきばい、すき蝶など……
「いや、多い。多すぎる。どうも近所に体裁が悪いよ。もっとも近所といっても、焼跡ばかしだが……」
学問性は真理性の獲得であると云ったが、併し真理性の獲得とは、具体的に何を指すのであるか(問題は真理性の実践的な獲得であるのだから真理性に対する観念論的規定――普遍妥当性・真理価値――は今の場合一応除いておく)。茲に吾々は少くとも解釈の二つの道を事実上知っているのである。第一に真理性の獲得は問題の解決であると考えられる。真理性は与えられた問題を解決することによって初めて獲得され得るのでなければならないと考えられる。もし或る問題を解決し得ないならば、何人も真理性を獲得したとは信じることが出来ないに相違ない、判ったと思うことは不可能であるであろう。それ故この場合学問性は解決である。或る学問が解決力を持つ限り学問性を持ち、夫を有たない時之を有たないと考えられる。実際、何等の解決を齎すことの出来ない学問、その学問の学問性は無に等しいであろう。学問性とは研究を進め課題を解き得る実行力――学問の有用は何よりも先に之でなければならない――の他ではないと考えられる。プラグマチズムは恰も学問性――真理性の獲得――を茲に求めるのである(之に対して、真理は解決力――有用――の有る無しではなくして普遍妥当性を有つか有たないかにある、と云って反対することは、始めから許されていない。何となれば茲では真理性の単なる規定ではなくして真理性の獲得が問題であったのだから)。さて学問性は真理性の実践的獲得に存在し、それが解決の概念であった。処が方法は体系よりも常に何かの意味に於て実践的であったであろう。それ故解決の概念は体系にではなくして正に方法に属さねばならない。解決は方法概念の内にぞくす。それ故この場合の学問性は方法概念にぞくするのである他はない。かくて茲に於ては――学問性がもはや手続きや考え方・成果や組織ではなくして真理性の獲得である処では――方法が体系を優越することとならなければならない。学問性概念の動機への分析に於て一つの新しい方法概念――何となればそれはもはや体系概念との相互の否定を許さない優越なる方法であるから――を吾々は茲に見出したであろう。そして実際プラグマチズムの所謂方法は真理性獲得の手段の概念である。真理発見の手段が学問と考えられる。
***W.James-WhatPragmatismmeans?参照。
そういう用を、午後に言いつかった。帰りは会社に寄らずに真直に帰宅してよいのだ。
*この区別を今の意味に於て初めて与えたものはヴィンデルバントであったと看做される(Windelband-Prludien-――GeschichteundNaturwissenschaft)。
「大導寺信輔の半生」これらの作品は凜々とした気魄をたたんでいる点において私の好むものである。p.13
ところが、西洋諸国に於ては、さういふ興行者にも、幾つかの階梯があり、それぞれの劇場群は、それぞれのほぼ固定した観客層をもつているのである。つまり、劇場が各々の「程度」と「色彩」によつて、これを撰択し支持する「顧客」を専有し、その範囲内に於て、一つの目標が与へられている。しかも、一般大衆は、自分達の目指す卑俗な興行物に吸ひ寄せられる一方、個人としては、時に背伸びをしながら、所謂「上等(シイク)な」劇場に足を向けることを自慢にする傾向がある。
○レークジョージ○メゾンファシール、○チョプスイ。
**E.Cohn-PhysikalischesberRaumundZeit参照。
私は固よりさういふ立場から、権威ある言説をなす資格などありやうはないのであるが、需められるままに、自分の専門たる演劇の領域に於いて、現在、わが国の劇場文化が、如何に低劣卑俗を極め、これに反撥する運動の精神が、遂に今日まで有力な民衆の支持を受け得ないでいる事実について語らうと思うのである。
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